春が近づき陽が暮れるのも少し遅くなってきた頃、珍しく夕方までかかってしまった本部の仕事を終え、

夕餉を共に召し上がりに来るという火々知様と共に、家路を歩いていると不意に火々知様がその歩みを止めた。

それは何時もの事で、何か目新しいものを見つけた証であった。

「いかがなさいましたか?」

「出流。あれはなんじゃ?」

そう指差す先に居たのは、辻占だった。

「あぁあれは『辻占』と言いまして、人々の吉凶を告げるものに御座います。」

「何と!あの者は皇神かなにかなのか?」

「い、いえいえ。ただの人に御座います。」

「ただの人なのに何故良し悪しが分かるのだ?」

「何とご説明いたしましょうか…。ほら。かの者通りの辻に立っておりましょう?」

「うむ。それがなんじゃ?」

「”辻”とは人だけではなく神様等も通る異界との交わり口と、人は古くから考えているのです。ですから、そこに立ち通りを行きすぎる声から、

吉凶を推し量る物が辻占に御座います。」

「ふむ。人は面白い事をするのだな。あれはどうやるのだ?」

「そうですね…。例えば自分が思っている事が良い事か悪い事か?というように訊ねると、良し悪しを答えてくれます。」

「成程、面白そうなのだ。やってみていいか?」

神様である火々知様が、占いに興味を持たれたことにも驚いたが、楽し気にしている様子が微笑ましかった。

「いいですよ?やってみましょうか。」

そういうと二人でその辻占の前まで行く。

「頼もう!火々知様なのだ。占いとやらをして欲しい。」

「何を占いましょう。」

火々知様の顔に顔を向けず視点を合わせない少女に、火々知様は首を怪訝に傾げる。

僕は少女の手を取り銭を握らせてあげると、火々知様にそっと耳打ちした。

「この少女は…目が少し悪いようなので…。」

「そうなのか。うむ分かった。では占ってもらうぞ。」

「何なりと…。」

うっすらと微笑んで答える少女に火々知様は何を占って貰うというのか、とても興味をひいた。

「では、いくぞ?”出流が中々手を繋がないのだが、嫌なのか?”というのはどうだ?」

大真面目な顔をして辻占に訊ねる火々知様とは裏腹に、思わず手にしていた巾着を落とすほど僕は恥ずかしさに動揺した。

「か…火々知、、、様…!?」

「ん?何だ?訊いてはいけなかったのか?」

「い、いえ!?そ、そんな事は…。でも!」

「でも?何だ??」

何だ?と問われてその先に続ける言葉が見つからなくて困り果てている中、辻占の少女は静かに口を開いた。

「ホントは繋ぎたいんだって。けど恥ずかしいくて遠慮してるんだって。」

「なんだ。そうなのか?」

少女のその答えと火々知様からの問いかけに、僕は返事に困ってただただ顔が熱くなっていくのを感じていた。

「し、知りません!も、もう良いでしょう?か…帰りましょう!」

火々知様へも少女へも背を向けて先に歩き出すと、ふいに腕を掴まれた。

「遠慮する事はないぞ?」

そう言って僕の手を取ると隣に並んで歩き始めた。

「辻占とは、楽しい物であるな。うむ、また訊きに来よう。」

夕日の陽を浴びて茜色に染まる火々知様の顔はとても満足げで、その笑顔を見ていたら、恥ずかしいと拗ねていたちっぽけな僕の気持ちなどどこかへ消えていった。

「…もう。仕方ありませんね。また…参りましょう。あ、でも今度は僕の事は訊かないでくださいね?」

「む?ダメなのか?」

「だ、ダメですよ…。困ってしまいますから。」

「何故困るのだ?」

「何故って…内緒です!」

「では、今度はそれを訊ねる事にしよう。」

 

火々知様とかわすたわいもない言葉に交じる様に、辻占の少女のうたい詩が背に響く。その歌が遠のいて雑踏へ消えていくのを感じながら、

僕はその手の温もりに幸せを感じていた。