あれから数年が経った。
ソレーマンは変わらず忙しくしている。
最近、それが一体何の為なのかと言う事がやっとわかった。
両親と言う後ろ盾も、何もかもを失くした俺の為に、内々に祖国に残る親しい者や現政に不満を持つ者を
俺の力となるよう集めようと奔走しているのだ。
国はと言えば、王の圧政に国民は苦しみ、いつ暴動が起きてもおかしくないという噂だった。
俺はと言えば特にやる事もなく、日々の糧を得る為のソレーマンの魔法使いとしての仕事や、家事というものを覚えてこなしてた。
元々好きだった本を読む時間は幸いにもたっぷりあり、またソレーマンの家には興味を引く本が読み切れなほど置いてあった。
ある意味本を読みその世界へ行く事で、現実から逃れていたのかもしれない。
その頃の俺は、大叔父の事や国の事について考えなくなっていた。
どう足掻いた所で両親が戻ってくる訳ではない。無残に殺された事を許す気にはなれなかったが、
それでもそれを恨んだ所であの温かい日々は二度と帰って来ないからだ。
”王子”としては無責任かもしれないが、大叔父が国をどうしようと、国民が暴動を起こそうとしていようと、
俺には関係のない事。そう思っていた。
ソレーマンは忠臣だ。
故に本来国を継承すべき俺を、忠臣を誓った父の子である俺をちゃんと王に据えるべきだと考えていたのだろう。
けれど、俺はもう放っておいて欲しかった。
今の生活は決して華やかではないし裕福でもないが、とても楽しく、”生きている”事をとても実感できる。
自らの手で稼ぎを得て、自ら生活の彼是をするという事の充足感は、城に居ては得られる事は決してない事だろう。
母があの時”いきなさい…。”と言った言葉は、”行きなさい”とも”生きなさい”ともとれる。
俺は母は最期に俺に”生きる”事を願ったのではないかと。
王になる事ではなく、どんな風であれ俺が生きる事を母は最期に願ったのではないかと、思えてならなかった。
俺はその母の最期の願いが叶えられるのであれば、王でなくても良い。
それでも、ソレーマンが望むように俺を”王”として周りから請われるのであれば、俺は責務を果たさなければならない。
けど、それは今の俺が望む事では決してない。
俺にはソレーマンしかいない。その彼が望む事なのであればと思うと、その気持ちを切り出せないでいた。
そんなある日。
「王子…とうとう予期していた自体になってしまった…。」
ヨロヨロとした足取りで俺の元へ近寄るソレーマンに急いで椅子を持ってきて座らせる。
「おぉ、申し訳御座らん…。」
「どうしたの?」
「先程、祖国の城下で暮らす知り合いの魔法使いから連絡が入りましてな…。」
「うん…。」
「父君の弟であられるサイード殿下が王座を奪いに兵を起こされ、それに乗じて国民からの暴動も起こり、カウィ殿ご家族、サイード殿下諸共
虐殺されたと…。」
「え…それじゃ、国は!?」
「暴動の際放たれた火が、街を丸ごと飲みこんでしまったと。難を逃れた者も散り散りとなったようです。」
「そう。もう国は”ない”んだね。」
「はい…。ですが、ナミル殿がおられる。決起の機会としては、またとないチャンスとも言えましょう。但し、再興は厳しい道のりではありましょうが…。」
「”決起”…。」
ソレーマンは俺に国の頭として起って欲しいのだろうか。きっとそうなのだろう事は、これまでの日々彼がしていた事を見れば、明らかではある。
けれど、直接それを訊ねた事はなかった。
祖国を背負う血筋が誰もいない今、筋からいけば俺が引き継ぐチャンスではある。
本来なら、受けて然るべき座であったのだから。
けれど、俺は…。
「ソレーマン。願いを…聞いてくれないか?」
「…何なりと。」
「祖国へ、連れて行ってくれ。まだ、どうするのか分からないけど…見ておきたい。」
「承知、致しました。」
国を再興すると即答しなかった事に対しての不満がソレーマンにはあるかもしれない。
彼の期待に応えない事は申し訳なく思ったが、人生を決める事をそんな簡単に決められはしなかった。
それに、国の状態如何では再興といっても出来る様なものではないかもしれない。
ソレーマンにも、人伝いで聞いた事ではなく、現状を知ってほしかった。
そして、その現状を目の当たりにした状態で、俺は彼に本音を問おうと、そう考えていた。
ソレーマンが扉の前で呪文を唱えると、扉は白く光りそしてドアノブを回し開けると、目が開けられない程の眩しい光と、
肌になじむ懐かしい熱い風に包まれた。
その場は、本来なら祖国にあるソレーマンの部屋へと通じていたはずだった。
だがそこはかろうじて部屋であった痕跡を残し、残骸が散らばるだけの砂地となってた。
そこには当然だが母やアムナの遺体はなく、ただ日に焼けつけられた砂があるだけだった。
俺に次いで隣へ並ぶソレーマンは、目の当たりにした惨状にただただ顔を青ざめさせるばかりだった。
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