まだユルヨが師匠の元を離れて間もない頃、とある村で「星降る丘」の話を聞いた時のお話です。

マホ弟子クエスト「星降る丘」のお話である「繋がって行く星への思い」へと続く導入部の様なお話になります。


「雪…。」

ホタリと頬に落ちた冷たい物を手で掬うと、すぐさまに融け水になるそれを見つめながら

そう呟く息も白く成程空気が冷えている事に、ようやく気づく。

師匠の元を離れてから、僕はずっと旅をしている。

あの、師匠と暮らす部屋だけが僕の世界だった事からすれば、旅立った僕は…自由だ。

留まるところを知らず、ただ流れる風の様に世界を歩いて知る事は、何て世界は美しくて素晴らしいのだろうかとう事だ。

僕の持っている小さな知識や、僕自身もとてもちっぽけで、世界はとても広大だった。

でも、故に僕はとても孤独だった。

師匠の元を飛び出したことは間違いではなかったと思う。

それでも、師は師だし僕が居なくなってどうしているだろうか?と残してしまった事に罪悪感を感じない訳ではない。

「本降りになる前に…どこかに宿を探さないと…。」

土の上に落ちてくる白い雪が、少しづつ地の色を変えていく中、僕は近くの村へと足を早めた。

”カラーン…”

小さな村であったが、その村は何気に宿屋の多い村だった。

中でも左程大きくはないが中から良い食事の香りが漂う店を僕は選んだ。

扉をあけると中からのむせるような温かい暖気に押され、頭の上に積もる雪が瞬間で融けて行くのが分る。

そして驚いた事に、中には思いのほか客人で一杯だった。しかも、どうやら魔法使いの様だ。

談笑する人々の合間をぬって、カウンターまで行き忙しく切り盛りする店主らしき男へと声をかけた。

「あの…宿は空いていますか?」

「あ?あー…あいにく2人部屋は埋まっていてね。1人部屋なら後1室残ってるよ。」

「あ。1人なので…。」

「そうかい。ならちょっと待っとくれ、ほい、客人。注文のやつだ。」

手際よく客をさばくと手を拭き拭き戻ってくる。

「さぁてと、これが部屋のカギだ。二階に上がって突き当り奥になるよ。何かあったら言ってくれ。」

ジャラ…と重みを感じるウォード錠を受け取ると、もう既に次の仕事に目を向けている店主を横目に階段を上がった。

鍵に付いた木札の数字と同じ数字の書かれた扉の鍵穴に、それを差し込みゆっくりと回すと鈍い音を立てて錠が開く。

部屋に入ると簡素ながらも清潔で木の温かみを感じる部屋だ。

シュッと指を振り小さな暖炉とランプに灯りを燈し、背負う鞄を下すと窓から外を覗く。

見知らぬ小さな村の路地には、僕と同じように強く降り出した雪が積もる前に急ぎ宿屋を探す旅人達が、パタパタと通りぬけて行くのが見える。

「何か…あるのかな…。」

ぼんやりと降る雪とその人の行き交いを眺めている内に、部屋の暖かさと疲労から、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。

自分の腹のなる音に目が覚めて、外を見ると雪は止んでいたが一面銀世界へと姿を変えていた。

濃紺の空にとても澄んだ星々が数多に煌めき、人の行き交いしていた路地には足跡の一つもない。

「お腹…すいたな…。」

もう随分と夜半になってしまっているが、まだ店主は起きているだろうか?何か口にする事が出来るだろうか?と思いながらも、部屋のカギを手に、階下へと降りる。

と、来た時にごった返していた人影は流石にまばらになり、店主もカウンターの小さな腰かけへと腰を下ろし、伝票を手に書き物をしていた。

「あの…。何か食べる物は…まだできますか…?」

「あー…悪いね。飯はもう終わっちまったんだ。残りもんで良けりゃ、直ぐ出せるけど、どうする?」

「それで構いません。あと…あればホットバタードラムも…。」

「はいよ、ちょっとまっとくれ。」

体格のいい店主はその小さな丸椅子からよいしょと言いながら立ち上がると、積んである酒樽からラム酒を注ぐと熱湯でそれを割る。

気化したラムの良い匂いから、中々の上質の物だと知る事が出来た。

「いい、ラムですね…。」

「おや、お客さん良く分かったね。うちはこれが売りでね。自分とこで年月掛けて作ってんだ。そこらへんの量産してるもんとは違うさね。」

上機嫌になりながらそこにバターを落とし込み差し出した。

「スパイス入れんのが普通だけど、良かったらこれ試してくれ。」

と共に差し出されたのはシナモンをまぶしてある煮リンゴだ。

「へぇ…初めて。試してみます有難う。」

「あぁ。料理出来たら持ってくから、適当に座ってくれ。あ…出来たら前の方誰かと相席して貰えると助かるな。掃除しなきゃいけねぇんでね。」

小さくうなずくと、手前の方座れそうな席を探す。

と、店内の大きな暖炉近くに1人老人が酒をちびちび飲みながら座っているのが見えた。

僕はそこへ行くとその老人に相席の承諾を貰い、席に座った。

と、店主が食事を運んでくる。

その匂いに胃袋が刺激され、涎が口の中に広がるのを感じた。

「ほい。残りもんで悪いが、カスレとパンだ。カスレにソーセージも入れておいたから、腹の足しにゃぁなるだろ。」

「ありがとう…。」

お盆を受け取りみると器の中からはみ出そうなくらい極太のソーセージが入っているのが見えた。

「食べられるかな…。」

そう呟きながら酒を一口含むと、ゆっくりと熟成されたラムの良い香りが鼻から抜ける。

そこに一口煮リンゴを頬張ると、リンゴの甘酸っぱい味わいと相まってとても美味しい。

そんな様子を見てか、それまで黙っていた老人が小さくクツクツと笑う声が聞こえた。

「あ…スミマセン、騒がしかったですか…?」

「いやいや…。あの親父、自分の酒の事褒められると、いつも上機嫌でな。褒めてくれた客にゃぁいつもサービスしちまうんだ。アンタのその細っこい身体でそんな沢山食べられる訳ないだろうにって思っていたら、呟きが聞こえてなぁ。つい可笑しくなってしまったよ。」

「そうなんですか…。あ、それじゃもしよかったら…半分食べて貰えませんか?残すのも、店主に悪くて…。」

そうバツが悪そうに苦笑していうと、太い眉に隠れた目をこちらに向けてその老人は笑う。

「はっはっは。アンタ、良い奴だなぁ。じゃぁ、折角だから少し頂こうかね。」

そんなやりとりが取っ掛かりとなり、僕はその老人と色々な事を話をしながら食事をとる事となった。他愛もない話をし暫くたった頃、徐にその老人が僕に問うてきた。

「所でアンタ。この村にやってきたってぇことは、アンタも魔法使いなのかい?」

「え…?あ、はい…。まだ、独り立ちしたばかりですけど、ね…。」

不意に問われた事で師匠の顔が頭を一瞬過る。

「そうかい。じゃぁ3日後にゃぁ、あの星降る丘へ行くつもりなんだな。」

「星降る…丘…?」

「おや、何だ。アンタ星降る丘の事知らないのかい。本当に魔法使いかい?ホッホッホ。」

「スミマセン…僕、あまり外に出た事がなかったので…。」

魔法使いなのに知らない事に直面して、とても恥ずかしくなる。

師匠は外に出る仕事は取らなかった。

遠くに出る仕事は自分で出かけて行き僕はその間ずっとあの部屋に閉じ込められていたからだ。

だから、僕は知らない事が多い。

本から得た知識は沢山ある。けれど逆に言えば本での知識しかない。

だから、本当にその物を知る事が出来た時はとても嬉しかった。そうしてここまで旅をしてきたのだ。

老人のいう星降る丘の事については本で読んだこともなく、僕はとても興味を持った。

「まぁ、儂もこの年になっても、世の中の理何てもんは知らない事のが多いしの。アンタが知らなくても恥じる事はないさね。どれ、じゃぁ儂が話してやろうか。」

僕の恥じながらも興味津々で見つめる様子をみてか、老人はその丘について語り始めた。

「この村を出て西の方へ歩いていくと、実は大きな砂漠が広がっておってな。それを抜けた先に急に開けた丘がある。

そこは『星降る丘』と言われておってな。毎年夜の節の最初の1日だけ、空から星が雨の様に降ってくるんだよ。」

「星…。」

「あぁそう。星が降るんだ。それはそれはとても綺麗でな。儂も一度その光景が見たくて若い頃に行ったことがある。その落ちてきた星は、何時までもその輝きを失う事がないと言われておってな…。」

そういうと老人は懐から小さな小瓶を取り出した。

その小瓶には淡く何とも形容のしがたい光を放つ小さな石の欠片の様な物が入っていた。

「これがその時儂が拾ってきた星の欠片じゃよ。もううん十年になるのに、いまだこうして光を保っておる。」

「綺麗…ですね…。」

「じゃろ?だがな、その場所へ行けるのは本来魔法使いだけが辿り着ける場所と言われておる。儂はどうしても見て見たくてちょいとズルをして紛れ込ませて貰っての。こうして星その物ではないが欠片を持って帰って来たんじゃ。だからこの事は誰にも内緒じゃよ?」

僕はコクリと小さく頷くと、老人はまるでいたずらっ子のような笑みをしながらその小瓶をしまうと、続きを話し始めた。

「話がそれたの。で、その星降る丘へ毎年あちこちから魔法使いやそのお弟子達がその星を求めて集まってくるんじゃ。そしてこの村がその砂漠を越える前の最後の村っていう訳でな。毎年この時期は宿屋が魔法使い達でどこも一杯になるんじゃよ。」

「成程…だから、何となくただの旅人…という気がしなかったんだな…。皆、魔法使いだから…。」

宿を入ってその場に居た人々の空気に、何となく他の所で出会う人々とは違う不思議な物を感じていた訳がやっとわかった。

「ほほほ。知らずに辿り着いたアンタにとっちゃぁ、災難見たなもんさな。」

笑いながら一口酒を飲むと、その老人は急に神妙な顔つきになる。

「儂はこの星の欠片を口にした事はないが…。落ちてくる星達は、命が消えるとき、スパークして最後の灯を放ち、その星の長い旅路が凝縮されて堕ちてくるんだそうだよ。

そして、それを一口口に含めばチカチカとその光景が目の前に広がり、それによって甘くも酸っぱくも時には苦くも感じられる。あの丘に墜ちてくる星達は、そういうもの何だそうだ。」

「食べられるんですか…?それ…。」

「あぁ、その星々が持つ長い旅路を終えて、最後に辿り着くのがあの星降る丘だと言われておるよ。」

「長い旅路…。」

僕は老人の話を聞きながら、空に輝く星々の時に想いを馳せていた。

長い長い悠久の時をゆっくりと廻り、空から地を巡る様々な事を見ている星達が、最後に辿り着く場所。

そしてその欠片を僕達魔法使いが手にする。その重みは如何ばかりの物か。

そんな事をぼんやり考えていたら、無意識のうちに口から言葉が滑り落ちていた。

「…まるで運命のようですね。」

「アンタは、そう思うのかい。」

額に深く刻まれた年輪のようなそのシワを、更に深くしそうとも違うとも言うことなく微笑んでいる。

「だって、その星が、例えば僕の所に墜ちてくる。それは星からしたら偶然かもしれない。ただたまたまかも。でも、それが例えば僕という魔法使いの所へわざわざ墜ちてくる。

そして僕がその欠片を口にして、その星の有り様を知るというのは、目に見えぬ引かれ会うものが合っての事だと…僕は思いたい。ただ、石の欠片が落ちてくるというだけでは…何だか悲しいじゃないですか。」

そう口に、言葉にすると余計と切なさが心の中に広がった。

「あんた、何か悲しい事があったのかい?」と老人に問われ、僕は分からなくて口をつぐむしかなかった。

そんな僕に老人は「…なら。いってくると良い。そしてアンタの運命に出会っておいで。なぁに、数多ある星の中でアンタが手にする星は、きっとアンタが言ったように縁の結ばれた物なんだろうさ。ここにたまたま流れついて来たのも、きっと何かの縁。星が呼んだのかもしれまいて。」

そう言うとゴツゴツとした大きな手で僕の頭を優しく撫でた。

「…。」

声に出すことも出来ず、コクン幼子の様に頷くと、僕はそのまだ知らぬ星降る丘を目指してみようと心に決めた。

翌日。外は快晴となり温かい日差しが道を覆う雪を溶かし、旅立ちにはうってつけの天候となっていた。

身支度を済ませ、砂漠を越えるだけの食糧などを調達し、店主に代金を払うと昨夜座っていた席をチラリと見る。

「あぁ、爺さんまた夜にゃぁ来るから…。アンタが元気に旅立ってったって伝えとくよ。

次にまたこの村来た時にゃぁ、この宿屋にきてくれよな?道中気を付けていくんだぞ?」

そういう店主に頭を下げると、僕は宿屋を後にした。

「僕の星…か…。悪く…ない。」

そう呟いて空を仰ぐと、そこには雲一つない青空が広がっていた。

そして同じ方向へと進む魔法使い達に混じって、一歩足を踏み出した。

fin...