ツイッター企画『創作魔法使いと弟子』企画(@mahodeshi_TL)より『まほでし◇クエスト』(@mahodeshi_quest)の「星降る丘」を受注してみました。
形としては前作「星が辿り着く場所」からの本編となります。

 


”カタン…”

木戸の軽く締まる音のした方をみると、ベドゥが外套を脱ぎ丁度衣文掛けへと掛けている所だった。

何時も贔屓にしてくれる初老のご婦人に渡す美容薬を調合している所で、仕事場から僕はベドゥに声を掛けた。

「お帰り。外は寒かったろう…。僕は手が離せないから、暖炉で暖まって。」

「いえ。ユルヨさんがグルグルに服を着せるから、ちょっと暑いくらいです。それよりも、お仕事を頂いて来ました。」

「そう…。なら良いけれど。…仕事って?」

そう言うとベドゥは懐から、彼らしくちゃんと綺麗に折りたたんだ小さな紙を取り出し、僕に差し出した。

「街でこの依頼が張り出されていて、依頼主さんの所へ行って正式に請け負ってきました。」

紙を開き読むと、そこにはとても懐かしい場所の名前が記されていた。

「星降る丘…。」

「え、っと…ユルヨさん、知って…ます?」

僕に確認する前に請け負ってきた事に気づいて、慌てる様子のベドゥに小さく笑うと、

「大丈夫。知ってるから。…懐かしいなって。そう、思っただけだよ。」

そういうと明らかにホッとした顔を見せ、依頼人の少女の話を始めた。

「依頼人は街の娘さんで、リリアさんと言います。体が弱くて外に殆ど出る事が出来ないみたいで…。」

「そう…。それで?」

「最初は『星降る丘』ってどんなとこだろう?って気になって。で、依頼主さんに会いに行って、ベッドの上に座っているリリアさんを見たら、その…思い出してしまって。」

眉を歪ませ俯くベドゥを見れば、口に出さず共思い出したそれは、彼の母親の姿だろう事は分かった。

小さかった彼の記憶に残る母親は、きっとその少女のようにベッドの上に座り微笑んでいる姿が殆どだ。

だからその少女の姿を見て、母親の記憶と重なったのだろう。

優しい彼の事だから、きっとその少女に何かしてあげたいと引き受けてきた事に違いない。

「そう…。」

僕は何も言わずそれだけ呟くと、彼の頭を撫でた。

「それじゃ、早く出かける準備をしなきゃね。『星降る丘』は一日しか存在しないから。」

そう僕がいうと、ベドゥは顔をサッと上げると少し顔を紅潮させながら

「ハイっ!」と言い嬉しそうに笑った。

翌日。僕とベドゥは最低限必要な物だけを持って家を発った。

途中前の日に作っていた何時もの美容液を老婦人へ届けてから、あの世界の果てともいえる様な砂漠へと足を向けた。

あの時とは違い、今回はちゃんと目的がある。

ましてやベドゥが一緒にいるので道草を食う事無く旅路は進んだ。

「ユルヨさん、『星降る丘』ってどんな所ですか?」

歩きながら唐突にベドゥが問うてきた。

確かにこの先向かう場所について、何も言ってなかったなと、ポツリポツリと話を始めた。

「『星降る丘』はずぅっとずぅっと果てにある砂漠を越えた所にあるんだよ、夜の節の最初の1日だけ、それは現れる。」

「え、いつもはないんですか?」

「えっと、違う。あるんだけれど…無いんだよ。」

知らない事を教えるというのは何と大変な事か。

あの時知らなかった僕に教えてくれた老人は、凄かったなと思うと少し笑みがこぼれた。

「ユルヨさん…?」

遠くを見つめ笑っている僕に、怪訝な顔をして覗き込むベドゥを見て

「あぁ…ごめん。少し昔を思い出して。」と苦笑していると、ホタリと頬に冷たい物が落ちてきた。

「あ、雪ですよ!」

見上げるとふわりふわりとその小さな粒はゆっくりと僕達へと落ちてくる。

それはまるで再びこの地を訪れた僕を迎えているかのように思えた。

「さ、本降りになる前に急ごう…。」

舞い降りる雪の粒の中楽しげにはしゃぐベドゥを前にして、僕はあの村へと向かった。

――――――――――――。

”カランコロン…。”

軽やかな音をたてドアベルがなる。

木戸を開ければ、やはりあの時と同じ様に中からの熱気におされる。

そして、同じように楽しげに談笑しあう声と沢山の人達の姿がやはりそこにあった。

「わぁ…凄い人ですね…。」

「そうだね。…ここにいる殆どの人は、魔法使いだよ。」

「え!?そうなんですか!?僕、こんな沢山の魔法使いを見るの、魔法院以外で初めてです。」

キョロキョロしているベドゥの手を引いて、奥のカウンターを目指す。

あの店主はまだ元気にしているだろうか?

いや、流石にもうその場にはいないだろう。僕とは違って”人”の時間は短いから…。

そう思うと寂しい気持ちになる。

「あの…宿は取れますか?」

「あー…スミマセン。二人部屋はもう満員で…。」

そう言いながら振り返ったその店主らしき男の顔を見ると、あの時の店主の顔が重なって見えた。

一瞬その人かと思うが流石にもうこんなに若くはない筈だ。

とすれば、この男は誰だろうか?あの店主の息子…と言った所だろうか。

「あ…1人部屋で構わないです。あの…二階奥の部屋って空いてますか?」

「あー…1人部屋なら空いてるけど…でもお客さんお連れさんいるのに…。いいんですかい?」

「構わない。むしろ…そこがいい。」

と言うと奇妙な奴だと言わんばかりの顔をするもそれなら。と受け入れてくれた。

「ちょっと待っててくれ。ほい。包み焼きご注文のお客さん!おまちどう!」

店主は大きな皿を差出し客へと渡し、急いで鍵棚へいき鍵を取り戻ってきた。

「待たせたね。部屋は…。」

「ここに書いてあるから…大丈夫。有難う。」

そう言うと僕はベドゥを伴って二階へと上がり、あの部屋の戸の前に立った。

古びた鍵を回し軋む戸を開けると、前に比べて少し古びた感はあるが、調度品は新しく取り換えられていて、

時が流れた事を感じさせる。

「ベドゥ、暖炉とランプに火つけられる?」

「え?あ、はい!やってみます!」

最近火を灯す事を練習しているベドゥに火起こしを任せ、僕は荷物を下ろすと、曇る窓を手で擦り外を覗いた。

見える景色は少し建物が増えた位で、僕の記憶するこの街の風景と遜色なくそこにあった。

ぼんやりと眺めていると部屋がほんのり暖かくなり、明るくなった。

「点きました!ふぅ…。」

額を手の甲で擦りながらホッとした顔で火を見つめているベドゥに

「有難う…。少し、休もうか。」と頭を撫でベッドを譲ると僕は暖炉の前に毛布を敷き横になった。

”疲れてませんよ?”と言っていたベドゥは身体を横たえると直ぐに微睡、静かな寝息をたてはじめた。

僕はその寝息と暖炉の薪の爆ぜる音を聞きながら、ゆっくりと眠りに落ちて行った。

 

→Go to Next