あの日はまだ初夏だというのに、その爽やかさは何処かにいってしまったような、酷く蒸し暑く首すじを伝い落ちる汗の感覚を未だ覚えている。

あれは一瞬の出来事だった。祖父の誕生日の祝いをする為、仕事の休みを取った両親と共に祖父母の家に向かう途中の事だった。

祖父へ送る贈り物を大事に抱え、少し浮つきながら歩いていたその時。

 

”ドーン…!!”

 

鈍く腹に響く重たい爆音が近くで鳴り響いた。何事かと立ち止まり、両親と共に振り返ると、激しい奇声や叫び声と共に、通りに人が溢れだした。

続くようにガラクタと断頭台が、入り混じり道になだれてくる。

 

「和來!後ろへ!」

 

そういう母の背に押し込まれ、父は駆けてきた仲間の断頭台の腕を掴み声を掛ける

「何があった!?」

「暴動だ!!今回は規模がデカい。渾神も手伝え!!」

「分かった、家族を避難させてから戻る。」

「早く来い!!」

そんなやり取りを震えながら儂は聞いていた。両親が手短に言葉を交わしながら儂の手を引き移動していたその時。

「断頭台ぃ~~~~~~!!」

と恨みのこもった声を響かせながら、向かってくるガラクタが見えた。

刹那父は…儂の眼の前でそのガラクタを、能力で破裂させた…。

飛び散る肉片と血が、容赦なく飛び散る。

 

「早く!!祖父の家へ!」

 

さけぶ父に、1人殺したことで火がついた他のガラクタが降り注ぐように襲いかかる。

 

「っのやろぉぉぉおお!!!」

さけびながら向かい来るガラクタに一人で応戦するのにも限度があった。元々単体向きな能力ではない父は、次第に圧されていき…そして…手折れた…。

「父ぉさぁああん!!!」

母の背から手を伸ばし叫ぶ儂に「和來!!ダメ!!!」こちらに向き直り口を抑える様に母は儂を抱きしめた。

そして、「ごめんね…和來…。逃げ…て…。」そう一言告げると…そのまま儂の体を伝う様に母も…崩れ落ちた。

「かあ…さん…?」崩れ落ち地面へ倒れ込む母の背後から現れたのは、逆光で黒く影にニィ…と嫌に白い歯を浮かべたガラクタの姿だった。

「あーぁ…おめぇも…直ぐに両親とこ、送ってやるよぉ…?」と手を鋭利な刃に変え儂へと振り下ろしてきた。ガチガチと震えでなる歯の音だけがやけに響いて逃げる事も叫び声を上げる事も出来ずにいた儂は、その瞬間両親と同じように、死を覚悟し目を閉じた。

 

刹那、”キーーーーーン!!”と金属ともつかぬ高い高音が響く。

 

「和來君!!」突然名を呼ばれ目を開けると、見知った顔がそこにあった。

「おじさ…。」怯えながらそう言うとその人は親の仇であるそれを薙ぎ払うと、儂を担ぎ走り始めた。

 

「と、さ…ん。かぁ…さ…。」

 

父の同僚であり親友であった氷上氏の背で、小さくそう呟きながら遠ざかる両親の亡骸が無残に雑踏に踏みつぶされていく姿を、ただ見ているだけしか出来なかった。

 

「ごめん…父さん…母さん…僕を、許して…。」

 

そう揺られる背で呟き涙をこぼした。

そのまま祖父の家まで連れてくると、氷上の小父は「奴らを…一掃してくる。」と短く告げ夫人と共にまた戦闘へと戻って行った。

 

「和來…!」と祖父母は両親の血ともあのガラクタの血とも分からぬ、酷く血まみれで小さく震えて立ちすくむ儂をそっと抱きしめ

「お前だけでも…無事で…良かった…。」と、祖父母も静かに涙をこぼしながらそう儂に言った。「じぃちゃ…ごめ…僕…ごめ…んな…さ…。」そう言うと深い悲しみと安堵から、その場で意識を失った。

 

数日後、目を覚ますと儂は声が出なくなっていた。祖父が医師に見せた所一時的な精神的ショックから来るものであろうと、教えてもらった。

 

「ゆっくりでいい。誰も和來を責めなぞしないよ。」と祖父母は儂を抱きしめ泣いていた。

 

儂は…それで両親は本当にもう居ないのだと、夢ではなかったと痛感した。

儂が起き上がれる様になってから、形式だけでもと両親の弔いが行われる事になった。自宅には空の棺が2つ並べられ、祖母がそれではあまりにも…と憐れんで弐区にある自宅から2人の制服を持ってきて入れていた。儂はその胴のない箱を見つめても、不思議と涙が出なかった。

式はとても静かで祖父母と儂と、そして氷上夫妻とその子だけの参列で執り行われた。

式後、火葬まで来てくれた氷上夫妻に祖父が礼を言い、儂も一緒に頭を下げた。

 

「喋れないのか…。」と、氷上氏が問うと祖父が医師に言われた事を告げると、儂は氷上夫人に抱きしめられた。

と、祖父が「孫を助けて頂いた礼は…生涯かけて返しましょう。氷上家に大事があれば、何時でも頼って下され。」と老いた目を光らせ強く言う言葉に、儂は心が痛んだ。

 

氷上氏は小さく頷くと、膝を折り、儂に目線を合わせると、鞄の中から小さな包みを取り出した。そして儂の手を取り載せると

 

「和來君。これを…。」と言いその包みを開いた。

 

と、その中には壊れた父のメガネと、血が付き変形した母のロケットがあった。

 

「騒動の後、急いで現場へ戻ったが…。残っていたのはこれだけだった。すまない…。」そう顔を歪ませ言うと、強く握らせた。

 

自分の手に載せられたそれを再び開き見つめると

”ポタリ…”と1つ雫が落ちた。

 

「と…さ…。かぁ…さ…。う…わぁあああ!!!」堰を切ったようにそれまで何も感じられなかった心に、気持ちが押し寄せた。

 

「おじさん…と、さんや、かぁさ…ん…殺、した奴…ら…皆…殺して…っっ!!僕…何でも…するからっ!!!殺してぇえええっっ!!!」と氷上氏の胸に縋り力の限り叫んでいた。

 

「分かった…。約束しよう。その代わり君も約束してくれ。君もこれからちゃんとお爺さん、お婆さんの言う事を聞いて、真っ当に生きなさい。いいね?」真っ直ぐ儂の眼を見つめ、そう言った。

 

儂は涙を拭うと氷上氏を見つめ返し、

 

「はい。いつか…両親の代わりに貴方の手足となれるよう…精進します。必ず…。」と告げた。

 

”チリン…”

 

店の戸が開く音に気づき顔を上げると、そこには凍李がいつものように凍李が立っていた。

 

「何だ、店ほったらかして寝てたのか?」と笑う凍李に、

「あぁ…昔の…両親の夢を見ていた。」と、目に掛ける眼鏡を外し、見つめた。

「そう言えば、和來って視力悪いの?」

「そんなに悪い訳じゃぁねぇんだ。これは…父の眼鏡でなぁ…。」と言いながらそれを撫でた。

「この眼鏡はな…。お前の親っさんが、取り返してくれたもんなんだ…。」

「へぇ…そうなの…。」

「話…聞きたいか?」

「和來が良ければ。」と凍李は肩をすぼめた。

「じゃぁ~…長くなるから、茶ぁでも入れてくるよ。」と言いながらまた再びその眼鏡をかけ立ち上がると、「儂の親父はなぁ~…」と凍李を伴いキッチンへと歩きながら遠い日の記憶を語り始めた。