シュネー姫が誘拐されてから今日で3週間が経った。

ただ、何もしない3週間ではなかったが、未だ姫の行方はつかめないでいた。

王は、俺の失態を咎める事もなく、捜索に加わることも許し、助力もしようと仰せられた。

ただ、「君がそれを望むのであれば、罰は…後程考えよう。姫を私の元へ無事戻してくれてからの話だ。」

とだけ付け加えていうと、付随する命を各所に令されていた。

王の慈悲に深く頭を下げると、俺はその場を離れ城の外へと出た。

城のお抱えの調香師であるランリートが怪しいとは、王には伝えなかった。

「確証を得ずして…王に話を上げる訳にも行くまい…。」

街にあるというランリートの店舗へと先ずは足を向けた。

あの雑踏の中でまんまと姫を攫い城を出て、その足で隠れ家へ直行する事はしまいと思ったからだ。馬車で連れ去れば、誰かしらの目に留まらないとも限らない。

あの頭のよくキレそうな男が、自分の足取りを残しながら逃亡するとは思えなかった。

通りに面した一角に、街中でも一段と豪奢な作り構えをした店舗が一つある。

それがあの調香師が商いをしてる店だとの事だった。

姫が居なくなったあの日からずっとこの店の様子を外から見ているが、特に休業する事も無く、決められた定刻からきっかり商いを行っている。

「外から見ていても…何ら分るまい。だがしかし…こちらがアイツに的を絞っていると勘付かれるのも、姫の身が危ない。どうしたものか…。」

そんな事を考え悩んでいると、不意に背後から背を叩かれた。

俺はザッ!!と飛び退くと腰の剣の柄に手をかける。

「大丈夫よ!ワタクシです…。」

「…ユスティーナ殿。こんな所で何を…。」

「何をって…何時も通りですわ。所で。シュネーの事、聞きました。まだ…見つからなくて?」

「はい…妹姫を…力不足で。だが、必ず!必ず助け出します。」

「そうね。そうして頂戴…。で?あの店に何か?」

「…。」

俺は一瞬言い淀んだ。

姫に知れれば、王の耳に入るだろう。確証の無い事で更に姫の奪還に後れを取りたくはなかった。だが、あの店の中を知るには俺では不都合だ。

「…姫。申し訳ない。訳は言えませんが、力をお貸し願えないか。」

「…そう。いいわ。貴方がそういう時は、よほどの時ね。…何、すれば宜しいかしら?」

「…忝い。姫、あの店に、店主がいるかどうかを…見て頂きたい。また、どこへ行っているか、もし訊ければ…。」

「あの店…。城に出入りしている調香師の店ではなくて?」

「…はい。今は、何も申せませんが。事が終わり次第、ご報告に参りますので…。どうか今はご容赦を…。」

「…分かったわ。あの店の中と、店主の事を訊いてこればいいのね?」

「はい。」

「少し、こちらでお待ちになって。」

姫は少し離れると店の中に入り、ヴァリオンと共に再び現れた。

「ヴァリオンと、こちらでお待ちになって。」

「ティナ…。独りで行くのか?」

「ええそうよ。だってあそこのお客は…ほぼ女性ですもの。あなた方が踏み込めば、怪しまれますわよ?」

「いや、しかし…。俺が共に行っても怪しまれる事はないだろう?」

焦るヴァリオンを後目にふふと笑うと、

「パスカル様に教えて頂いた事、少しは身になっておりますのよ?ココへ逃げてくる位、何とでもなりますわ。」

「その自信、どこからくるんだ…。はぁ…。まぁでも、ティナがそう言いだしたら、引くしかないな…。用心、しろよ?」

「分かっておりますわ…。では、行ってまいります。」

そう言うと大通りを確認し渡ると、店舗の中へと入ってった。

「ヴァリオン…すまない。ユスティーナ殿につまらない事をさせた。」

「キュオスティは、ここの主人が犯人だと思っているのか?」

「…ああ。そうだ。ユスティーナ殿には理由は申し上げられなかったが、ここの主人は依然姫に感心を持ったようでな。あの時の目は…只者ではなかった。」

「思い過ごしではないのか?」

「そうかもしれない。でも、そうでないかもしれない。だが、俺はここの店主が絡んでると、そう思っている。」

「そうか…。時に”勘”は真実をとらえている事もあるからな…。」

「あぁ。だが、確証はない。だからユスティーナ殿には、内緒にしてほしい。」

「そうか…姫に貸し、だからな?」

「…分かってる。なぁ、頼まれついでにもう一つ頼んでもいいか?」

「全く、何だ…?」

「店の裏手を見に行ってきたい。きっと奴はここで馬車を変えているはずなんだ。時間帯を考えれば、あの日馬車を変えられるとしたらココしかないはずだ。…何か、痕跡がないか見て来たい。」

「見て来たいって、もう何週間も経ってるし、そんな物残っていないだろう。」

「そうかもしれない。だが…こうして居る間にも…。」

知らず手にこぶしを作っていた。

それを見てヴァリオンはフゥ…とため息をつくと、

「行って来いよ…。俺が見てる。」

「…すまない。」

「あぁ。用心しろ?」

「そうする。」

短く会話を交わし、大通りは使わず裏手の路地へと足を進めた。

路地裏は建物に囲まれ日中でも少し薄暗い。

目立たぬ様軽装備にマントを羽織り出かけてきたが、普段からあまり人通りのないそこでは、

とても目立っている様に思えた。

「普段着で来るべきだったか…。」

そんな風に呟くもその裏でばれてもいいとも思っていた。

バレたらとっつかまえて姫の居場所を吐かしてやる…そう、思っていた。

店舗の裏まで来ると、1台の荷馬車が置いてある。

周りを見回してその馬車の荷台へと飛び乗り、中を調べる。

ヴァリオンがさっき言っていたように、確かにもうこんな所を探した所で、何が残っている訳でもないと、言われるまでもなくそう思う。

けれど…もしそこに何か手がかりがあったなら…。そう思うと、確かめずにはいられなかった。

薄暗い中、まばらにある木箱を1つづ調べ、よけながら床の隅々までくまなく探す。

「…何も、ない…か…。」

髪の毛一本でもと思ったが、やはりそこには何も見当たらない様だった。

ふぅ…とため息をつき、荷台を降りようとしたその時。荷卸し口の縁に小さく光るものがある。

「何だ…。」

指ではつまめないそれを手持ちの短剣で掻き出すように取り出し、手のひらにのせると、

それは丁寧にカッティングされた石だった。

あの日シュネー姫はティアラを付けていた。これがもし、そのティアラから取れた物であったとすれば、ランリートが犯人であるという証拠になる。

だが、それが本当にティアラの物であるかは、今は証明のしようがない。

俺はそれを手持ちの布に丁寧に包むと、決して落とさぬよう首に下げた小さな巾着の中へとしまった。

「姫…必ず、見つけ出しますからな…。」

そう呟くと、俺は荷台を降り元来た道とは違う道で大通りへと戻った。

ヴァリオンの元へ戻ると、既にユスティーナ姫は店から出てきており、俺が戻るのを待っていた。

「遅かったな…。何か収穫はあったか?」

「いや、やはり特には。だがこれを…見つけた。」

懐からさっき見つけたそれを取り出し二人に見せる。

「…宝石、か。」

「多分…な。あ、姫、それで店内は如何でしたか?店主は…。」

「…店主は居なかったわ。長期で留守にするって。何時も新しい調香をする時は留守にするから、今回もそうなんじゃないかっていう話でしたわ。それと、行先は不明よ…。多数持つ別荘に居るのか、何処か旅先で宿をとっているのか、いつもその時々で違うから分らないって。」

「…そうか。分った。姫、お手数をおかけいたしました。この礼は、必ず…。」

「礼は、シュネーを無事に助け出してくれる事で充分。貴方こそ、お気を付けになって…。」

「…はい。」

察しの良い姫の事だ。何の為にこんな事をしているかは、当然分かっているだろう。

そして、確証の無い事は王へ報告出来ない事も…。ましてや相手は出入りの調香師だ。

ランリートが首謀者だという確証もなく報告を上げれば、他の出入りの業者にも手入れをしなければならなくなるだろう。

だから、きっと彼女は深くも俺に問わないし、知った事を父王へいう事もしないだろうと思った。

彼女の姉姫のその配慮に報いる為にも、早く成果を上げなければ…。

どんよりとした気持ちとは裏腹に、気持ちよい秋晴れの空を見上げ、俺はシュネー姫の無事を願った。

 

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