ランリートの消息を追って街にある店舗を嗅ぎまわってから数日の事。
転機は突然やってきた。
国の外れにある今は誰も住んではいないが、とある貴族名義の小さな古城を、
ランリートが借りている事が分かったのだ。
調べに対して貴族がいうには、懇意にしているランリートが古城をいたく気に入って、
貸してほしいと言ってきた事が始まりだそうだ。
貴族としても使わない城ではあるが朽ちていくのも先祖に申し訳がない。
ランリートが使って手入れをしてくれるのであれば、願ってもないという事で貸し出しを決めたらしい。
ただ、使う目的等は干渉しないという約束を交わしていたらしく、懇意にしているランリートでもあるし、悪い事に使うとも
思えず、信頼と言う名の元で書面等を取り交わす事もなく、自由に使わせていたとの事だった。
ランリートの名義の建物ではない上、公文書の様なものに記載されている事でもなかった為に、
この繋がりを見つけるまでにとても時間がかかってしまった。
俺はその話を聞くと、すぐさま内偵へと向かった。
まだ兵をひきいて踏み込む事は出来ない。そこに姫が確実にいるとは思えない上、ランリートさえも居るかどうか
分らなかった。
だから、先ずは俺と事情を知る兵の数人でその城へと向かい、様子をうかがう事にしたのだ。
その古城は成程、身に薄暗い物を抱える者にとっては好都合な場所に立っていた。
数キロ行けばそこは他国となる国境にあるった。何かあった時、逃げるのには丁度良い立地であった。
ぐるりを城壁を一周し、崩れた壁を乗り越え侵入する。使用人達が使う勝手口らしき扉のノブに手をかけひくが、
鍵がかかっていて開かない。
慎重に周りに警戒をしながらどこか内部へ入れる場所はないかと探す。
と、少し上の所に扉の無い窓がある。きっと空気を取り入れるための窓だろう。
よじ登れば何とか1人なら通れそうだ。
体重をかけても壊れないかと強度を確かめながら近くに転がっている木箱を積み登る。
ギリギリですり抜け廊下へと降りると、左右に道は伸びていた。
「さて…どっちへ行くべきか…。」
俺の後について上がってきた兵を下へ向かわせ、俺は上へと上がって行った。
慎重に探していくが、どこにも人のいる気配はない。
上の階はこれで最後かと思われる部屋の扉を開けようとすると、わずかだが嗅いだ事のある匂いがした。
「この臭いは…ランリート…。」
ジワリと額から汗が流れるのを感じた。外から中の様子をうかがうが、物音ひとつしない。
ノブに手をかけゆっくりと開けると、閉じ込められていた室内の匂いがフワッと溢れてくる。
その匂いは間違いなくランリートの香水。それであった。
そこは明らかに他の部屋とは違い、丁度品も新しく設えられ、カーテンやベッドも、
埃はなくまだ最近使っている様子が伺える。
だがそこに姫の姿もランリートの姿もなかった。
根城が違うのか、それとも察して逃げたのか…。
やっと手がかりをつかんだと思ったのに、またスルリと掴んだものが逃げてしまった気がして、
俺はとても落胆した。
だが落ち込んではいられない、クッと目を上げ次の手がかりになる物を探す。
整然と片付けられている部屋は、書斎も兼ねているようで、机周りには整頓された書類らしきものが置いてあった。
一枚ずつその紙をめくると、主には仕事関係の書類だったが、箱の底にその書類とは明らかに違う
装飾のこったカードがあった。
そのカードにはこう記されている。
”解放せよ…。そのカギは貴方の中にある。”
「何だ…これ。」
裏を返すと日付と時間が書いてあった。
「数週間前の物か…。やけに…遅い時間だな…。」
記された時間は深夜近くで、何のカードなのか分からなかった。
それを元あった通り戻すと、下の部屋を調べにいった兵と合流し、外へと出た。
「下は?何か見つけたか?」
「いえ…特に。ただ…。」
「何だ。」
「地下に大きなホールがあり、そこはまだ最近使われた様な形跡がありました。」
「…ここで一体、何をやっているんだ…。」
そう漏れ出た声は少し冷たくなった風の中へと消えて行った。
それから数日、俺は来ていた兵と交代でその城を見張る事にした。
姫の所在を知らせる情報は、他に上がってきてはいない。
そうした日々を過ごす事数日。
見張りに出ていた仲間から連絡があった。
「キュオスティ、城に人が向かった。調香師ではなさそうだが、使用人らしき者達が城へ行き灯りを灯してる。」
「…そうか。もしかしたら今日、ランリートを捕まえられるかもしれないな。」
「王へ報告は!?」
何の御音沙汰もなかっただけに、この変調で騎士の士気が一気に高まり語尾が荒くなる。
「そうだな…。万が一の事があるかもしれない。経緯は追って報告申し上げるとお伝えした上で、
可能性の有りそうな場所を見つけたと、伝えてくれるか?」
「よし、任せろ。手勢を連れてこれるようであれば、連れてくる。」
「戦争じゃないんだから、そんな沢山も必要ないが…。そうだな。姫が万が一居た場合を考えると、
支援は有った方がよい。任せる。」
報告に向かう仲間は心得たとばかりに頷くと、馬を預けてある所まで駆けて行った。
1刻程過ぎた頃だろうか?古城には灯りが燈され、その灯りに導かれるかの様に、続々と馬車が城へ入って行く。
が、その馬車も貴族が乗るような物ではなく、比較的地味な商人が使う様な馬車ばかりだ。
荷物を入れ込むにしては多すぎるその数に、きっとこの馬車は何かをカモフラージュする物に違いないと踏んだ。
カモフラージュするとすれば何を…?
頭に過るのは、姫のはにかみながら笑うその笑顔だった。
あらかた馬車の往来が落ち着くのを見計らい、俺は先に偵察した際の崩れた壁まで移動し、何が行われているのか分からないその城の中へと、
足を踏み入れた。
「待ってて下さい…姫…。必ず、奴の尻尾を掴んで見せる。」
と、呟きながら。
―――――――。
(古城にある地下のオペラホールにて…。)
”…ん…ぁ…っ…い…ぃひ…ぁ…”
「あぁ…姫、姫がいらして下さるお蔭で…何時もにも増して素晴らしい光景になってる…ほら、ごらんなさい…。」
”ごらんなさい”と言われて、シュネーは苦しい息遣いをしながら、チラリ…とその光景を眺める。
自分が居る所よりも下の階層に、無数の人がまるで何かの虫の幼虫の様にうごめいている。
その部屋を満たす香りに痺れ、思考する事の出来ない頭でもその無数の人々が何をしているか位は分かる。
その者たちは皆全裸で、誰彼かまわず繋がり情欲を交わしている…。特定の相手との愛のある交わりではなく、
何かに陶酔するように愛欲に溺れ、聞くに堪えない奇声を上げながら、ただ体を揺らしているのだ。
そして自分はその参加者達を酔わす為に、女神からの能力を発動させるためクスリを盛られ、
私の意志など関係なく、無理な形で能力を発動させられつづけている。
そしてこの会を主催している男、城に出入りする調香師ランリートは、城に出入りしていた際に出会った私の、
感情に伴い瞳の色の変化と香りを放つ私の能力に目を付け攫ったのだ。
豊穣祭り最終日の夜の事…。
それはとても短い時間の出来事だった。
キュスティ様が御父上と短い会話をされている間、私はテラスにほど近い窓辺で会場の熱気から逃れるように外を見ていた。
「これは…シュネー様…。」
そう声を掛けられて振り返ると、何時もの仕事着ではなく、この場に相応しい恰好をした、あの調香師がうやうやしく礼をしていた。
「あ…。えっと…ランリート様。御機嫌よう…。」
返礼をしながら頭の中で以前この方と出会った時の事を思い返していた。
”キュオスティ様は…この方をとても警戒されていた…。”
そう思うととても緊張してしまう。
後方に見えるキュオスティ様をチラリと見るが、まだお父上とお話をされている様で、こちらには気が付いていない。
「今日は、お付の方は…えぇと、何と申されましたかな?まぁ、どうでも宜しいが、は、お傍におられないので?」
「…。」
「おやおや…。これは随分と警戒された物ですな。こんな沢山の人がいる前で、姫たる貴女に何かする事等出来るはず等ございませんでしょう?」
ランリートはさも楽しげに口角を上げ笑っている。
笑っているのに、笑っている印象を受けないのは、瞳には笑みがないからだろうか?
「何か…とは、やはり貴方は…。」
「…だとしたら?どうしますか?声を上げてあの男を呼びつけますか?それとも、私を殴りつけて逃げますか?」
余裕気に笑むランリートに、カタカタと小さく手が震えだす。
”しっかりしないと…。す、隙を見せてはいけない…。”
そんな事を考えていると自らの纏う香りが変わり始める。
「ほぅ…姫はお気持ちで纏う香りを変化されるのか…。これが、シュネー様の能力…ですかな?」
「あ…貴方にお答えする義理は、あ、ありませんわ。そ、それに随分と…ぶ、無礼ですわね。個人的な事をお聞きになるなんて。」
精一杯キッと睨んでみると、相手は一瞬驚いた顔を見せ、
「へぇ…ただただ守られるだけの大人しい姫と思っていたら、意外とそうでもないんですねぇ…。これは…頼もしい事だ。」
手を軽く握り自らの口元へ持っていくとクツクツと喉を鳴らして笑う。
「な、何がおかしいの?私だって、い…意志がありますわ。」
「成程。そうでなくては、こちらも楽しくない。私もただ守られるだけの人形の様な姫は、つまらない物でねぇ…。
どうやら私は貴方の事が気に入ったようだ。我が元にとどめ置いて、その貴女の”意志”とやらが何処まで曲げられずにいられるか、
遊んでみたくなりましたよ?」
「遊んでって…どういう…!?」
私が最後まで言いやらぬうちに、ランリートは何時動いたのかも分からない程早いスピードで後ろに回り込むと、
私の鼻をふさぐように布を当てた。
甘い嗅いだ事の無い匂いに、意識が薄れていく中で、ランリートはこうささやいていた。
「さぁ…。私を楽しませて下さいね…姫…。」と。
to be continude...
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