秋イベント「豊穣祭」の序章的なお話になります。

時系列的には「その花が咲くころに」から数か月後の所です。


俺がユスティーナ姫のあの住まい屋を訪れてから暫くたち、その間に季節は移り変わり、もう秋になっていた。

姉姫殿から貰った種はシュネー姫と共に鉢へ植え、少しずつ大きくなっている。

シュネー姫との距離が少しでも縮まる様にとの策は、まだ完全ではないが少し効果があった様に思う。

以前は朝お迎えに上がると物陰に隠れる様にこちらを見ているだけだったが、今はソファに腰かけて待っていてくれる。

それだけでも姫の心の警戒心に少し変化があったという事であろう。

しかし、まだこちらが大股で近づくような事があれば怯えてしまうが、

それでも待っていれば自ら近づいてきて下さるようになった。

今日も姫を何時もの様にお迎えに上がる。

 

「姫。本日も警護に努めさせて頂きます…え…?」

 

部屋をあけると秋口とは思えぬような日向の温かい日差しの様な香りに包まれた。

姫は俺に気づくと一緒に植えた鉢を抱えて小走りに近づいてきた。

 

「キュオスティ様!見て下さい!スノードロップが蕾を付けましたの!」

 

目の瞳を金色に変えて嬉しそうに笑いながら駆け寄ってきた。

彼女の護衛の任についてから、こんな事は初めてな事で面喰っていると、急に我に返ったのか鉢を顔の前に掲げて顔を隠してしまう。

 

「やだ…私…。ご、ごめんなさい。」

「い、いや。俺こそ驚いてすまない。蕾が付いたのか?どれ、見せてくれ。」

 

抱えている手に触れないように(触れたらきっと落としてしまいそうだ。)鉢を姫の顔の前から、2人で観られる位置までおろし覗き込むと、小さな本当に小さな蕾が付いていた。

 

「おぉ!凄い…。やりましたね、姫。」

 

俺がそう呟くと目を見開いてパァーっと笑いコクコクと頷く。

無垢なその姿がとても…愛らしい。

”愛らしい…?”

一瞬過った気持ちに疑問符が浮かんだが、姫のその姿が愛らしい事は間違いない。

何だ深く考える事ではなかったと、姫には気づかれないよう小さく肩をすくめた。

 

「もう暫くしたらきっと咲きますな。そうしたら姉姫様の所へ見せに参りましょう。その時は、同行をしても?」

「はい。も、勿論です…。」

「良かった。それにしても、いやぁ…。ちゃんと育つもんですな。姫に教えて頂いたおかげですね。有難うございます。」

「いえ!き、キュオスティ様が、一緒に育てて下さったから…。」

「俺は何も…。けど、植物を育てるというのも、中々楽しい。知りませんでした。」

「私も…。キュオスティ様と…こんな風に、お、お話出来る様になれたし、楽しかった、です。」

「そうですか。ならそうだ。他にも何か育てて見ますか?街へ行けば種も手に入りましょう。」

「え?宜しいの??」

「勿論ですとも。俺もこうして姫とお話する事が出来て嬉しいですよ。」

 

”嬉しい…?”

俺は嬉しいのか?”ホッとした”でも”良かった”でもなく、嬉しい…?

どうかしてるのか?と再び疑問が頭の中をかすめて行ったが、それを深く考える前に部屋の戸がノックされた。と同時に姫はサァーッと俺の背へと隠れてしまう。

 

「ど…どなた…?」

「ご伝達で御座います。本日出入りの調香師が参りますので、姫様方にお伝えするよう命を賜ってまいりました。」

「そ、そうですか…。分りました。後程、参ります…。」

「ハッ…。失礼いたします。」

 

姫は廊下を去って行く足音を聞いてホッとするも、俺の背にしがみ付いていた事実に気づき、”ヒャァッ!”と小さく悲鳴を上げると途端に顔を真っ赤にし

「ご、ごめんなさい!と、とっさの事で私…。」と震えている。

「あー…。お気になさるな。俺はシュネー殿の騎士ですから。いかようにもお使い下さい。」

「で、でも…。」

 

それでもおどおどとしてしまう姫の気を逸らそうと違う話題を振った。

 

「それで?姫はどうなさいますか?調香師が来られる…と言っておりましたが。」

 

話しを変える事で姫はホッとしたのか顔を上げると

 

「そ、そうですわね…。一応、顔だけ出しに行きます….」

「では、参りましょうか。」

 

まだ手を取りエスコートするまでとはいかないが、扉を開け姫を先に通すと、少し距離を取り歩く。

廊下を渡り大広間まで途中には、外からの光を取り込む様に中庭がある。

その中庭に面した部分は出入りが出来る様そこは吹き抜けの作りになっている。

ちょうどそこに差し掛かった時、外から柔らかく吹き込む風に乗り、姫の放つ甘い香りがした。

後ろを歩く俺には見えはしないが、きっと瞳の色はピンクの色を纏っているのだろう。

資料には瞳がピンクになる時に関しては。詳しい記載がなかった。

だから、彼女がどんな時にその色になるのか俺は正直分らないが、様子を見てる感じでは気分が高揚したり照れたりした時に、その色に変わる気がする。

とすると、今は何に気持ちが動いているのだろうか…。

 

ぼんやりとそんな事を考えながら歩いていくと、廊下の向こうから見知らぬ女…いや男か…?女にしては身体に丸みがない感じのする者が、こちらの方へと歩み進んでくる。

見知らぬ者は警戒せねばならない。

ましてや今日は城のお抱えの調香師とはいえ、外部の人間が多数出入りしている。

手にするアックスを握る手にグッと力を籠め、徐々に距離の縮まる相手をジッと見据える。

対面する距離にこれば、相手は大層整った顔をしており、女であると言われれば通りそうな程ではあるが、多分男だろう。

その者はこちらに目を向けると廊下の隅へとより、礼を取って頭を垂れながら道を譲る。

姫も礼を返す様に会釈をするが、その距離の近さでも緊張をしていない所を見ると、姫は女だと思っているのであろうか。

通りすがりに流し見ると、一瞬その者の口元が緩く笑んだ様に見えた。

気にはなったが手だしをする訳でもないその者を横目に先へ進もうとすると、不意に声を掛けられた。

 

「もし…。」

 

姫を背に囲う様に身構え、姫が応答する前について口がでた。

 

「何用か?」

「そう身構えないで。後ろの方はこちらの姫様かな?」

「さぁ…どうかな?こちらを問うよりも、自らを先に名乗ったらどうだ。」

「これは失礼。僕はランリート、この城の出入りの調香師ってヤツ。」

「では君が…ふむ…。そうか。それは失礼。で?何か御用か?」

「あー…出来ればお姫様と話がしたいんだけど?」

「…。姫、こちらの調香師殿が御用だそうで。」

「やぁ。これは可愛らしいお方だ。お声掛け大変失礼いたしました。僕は調香師のランリート。以後お見知りおきを。」

「…はい、あの…私はシュネーと申します。」

 

姫は俺の背から少し顔を覗かせると小さく礼を取る。

 

「シュネー姫。さようですか…。お名前も可愛らしい事で…。」

 

俺の影になりほぼ見えないであろう姫を探る様に見つめる、そのランリートという男の、心根の読めないその目がどうにも気に入らなかった。

 

「で、用とは何だ。」

「騎士殿…まぁ、そう突っかかりなさるな…別に取って食おうって言う訳じゃないんだから…。」

 

クツクツと喉を鳴らして笑うその笑い方も、気に入らなかった。

何がと言う訳でもなく、俺の勘の様な物がこいつは何か妙だと信号を発している。

 

「騎士殿…貴方のお名前は?」

「俺が名乗る必要があるのか?」

「必要…と言われれば必要な訳ではないが…こちらの城には皆姫様方には騎士殿がついているのでね。今後シュネー姫に用があって、貴殿をお見かけしても”騎士殿”ではそこらへんにいる騎士様方が皆、振り返ってしまうでしょう…?とすれば、名を知っていた方のが何かと都合がよろしかろう?」

 

ニヤリと笑いながらランリートはもっともな事を言って述べる。

 

「…キュオスティだ。」

「キュオスティ殿…ね。ではこちらも以後お見知りおきを。」

「で??用件は一体なんだ。」

「あぁ…そうでした。シュネー姫、貴女のお使いになられている素晴らしいこの香水は…一体どこの物で?僕の所の物ではないので気になって。」

「あ…それは…その…。香水じゃないの…。」

「シュネー様。それ以上お答えになるのはお控えになられた方が良かろう。」

「あ、は、はい…。」

「へぇ…。香水でなければ…一体その香るものの正体は、一体なんだろうねぇ…?ね、教えてくれない?」

「調合師風情が、姫に対してプライベートな事をズケズケをお尋ねになるのは無礼であろう。お控え願いたい。」

 

アックスを少し倒し力を込めると半歩前へと踏みでる。

 

「おぉ怖い怖い…。何も持たない丸腰の僕に、騎士たる者がそんな物騒な物掲げるつもり?…キュオスティ殿は…姫がよほど大事と見える。」

「当たり前だろう。姫の他を置いて大事な物など何があるというのだ。姫専属の騎士を何だと思っている。」

「さぁ…?僕はしがない調香師なんでね。騎士なんて物にはとんと疎くて…。」

 

首を傾げてさも楽しげに笑うランリートに、いら立ちが募る。

 

「何でもいい。そんな戯言で姫の時間を無駄に取らる訳にはいかないのでな。それ以上質問がないのなら、何処へなりとさっさと行くといい。」

「ふふっ…。まぁ…そうだね。今日はこれ位で引き上げる事にするよ。嫌われたらその秘密を聞く事もかなわないから。」

「貴様…今後も姫に付きまとう気か!?」

「いやいや?そんなイカレタ奴の様な事、貴殿の様な騎士の就いている姫に、する筈がないじゃないか…キュオスティ殿。次に逢う機会があれば…の話ですよ。」

「次は…ない。」

「そうかな?」

 

さっきまでの掴み所のない笑みから、一瞬不敵な笑みへと変わる姿を俺は見逃さなかった。

 

「お前…何をたくらんでる…。」

「たくらんでる?何をたくらむというんです?僕はシュネー姫の何も知らないでしょう。その隠してる秘密もね。」

「では”次に”とはどういう意味だ。」

「ははは。そんな事、”次に仕事で来た時に”という事に決まってるでしょう?それとも、こんな調香師風情が何か大それた事が出来るとでも?」

 

一瞬の不敵な笑みを上手く隠すかの様に、また掴み様のない笑みを見せるランリードに、不信感しか感じ得なかった。

一介の調香師という割には、この余裕と落ち着きはおかしすぎる。

武器をチラつかせられて、単なる民間人がこれほど冷静でいられるはずがないのだ。

だが、この男は全く動じず笑みを漏らしている。

”絶対に…何かこの男は裏がある…。”

そう思うも、現状ではその裏を掴む事も暴く事も出来ないだろう。

 

「そうか…。では、貴殿の事、しかと覚えておくことにしよう。今回は”思い過ごし”と言う事にしておいてやる。さっさと行くがいい。」

「はいはい。騎士殿の気が変わらない内に、退散する事に致しますよ。シュネー様…それでは、また…。」

 

恭しく礼を取ると、そのまま振り返りもせず去って行くランリートの背を見送りながら、払しょくできない不安を俺は胸の中に抱えていた。

 

「あの…キュオスティ様…?」

「ハッ…。これは姫…申し訳ない。」

「いえ…あの…、あの方はきっと何もなさいませんわ。何時も城に出入りして姉妹が調香をお願いしている方ですし…私も何度かお顔は拝見しておりますから…。」

 

珍しくそう主張する姫の瞳がピンクと青の中間位の紫色になっていた。

 

「そうですか…。いや、以前の襲撃事件の件もありましたので…。不安にさせて、しまいましたな。申し訳ない。」

「いえ!だ、大丈夫です…。そ、それより私を心配してくれて…嬉しいです。」

 

思いがけない姫の言葉に、正直とても驚いた。

 

「い、いや。それが俺の…務めですから!」

「そ、そうですわね…。でも。ありがとう、御座います…。」

 

そう言って俺の顔を真っ直ぐ見て、はにかみながら笑う姫の笑顔を俺は初めて見た気がする。

 

「シュネー様…。」

「そ、それより早く行きませんとっ!」

 

耳まで顔を赤くして踵を返し歩き出す姫の背を追って俺も急いで後を追う。

姫が俺にまた少し心を開いてくれたのか?

それがとても嬉しかった。

その頭にふと浮かんだのは、先程部屋で姫が嬉しそうに見せてくれた小さな花の蕾だった。

花が時間をかけて種から土を押し分け芽を出しあの蕾をつけた様に、ゆっくりと姫の気持ちも変わって行けばいい。

種を託した姉姫の言わんとした事の本当の意味が、やっとわかった気がした。

そう思うときっとあの花が開き、それを共に観る頃には隣に並び歩く事も夢ではないかもしれない。

そんな希望が見えた気がした。

そう思うと俺は無意識に前を行く姫にこう声を掛けていた。

 

「姫…。スノードロップが咲くのを…共に見ましょう。必ず…。」と。

 

姫は振り返ると少し考えてから遠慮がちに

 

「はい。必ず…。」と微笑んだ。

 

さっきまでの不信と不安な気持ちが嘘の様に和いで、一時、不敵に笑んだランリードの顔を頭の片隅へと追いやっていた。

まだこの時は、この先にあんな大きな事件が待ち構えているとは思いもせずに…。

俺はただ、姫と共にあの花が開く瞬間を共に眺める幸せな時だけを思いえがいていた。

 

next stage...