師弟関係となり数年たった頃。ベドゥ君が少年から青年に変わろうとしてる頃、

何となくお互いが師弟としての愛情とは違う気持ちを持ち始めた頃かなぁ?なお話です。


ある日神妙な面持ちでベドゥが街から帰って来た。

 

「お帰り。街は、どうだった?」

「ユルヨさん…あの…仕事取ってきたんですが…ユルヨさん、占いとか…します?」

「占い…?そうだな…占星術は一応習得はしてるけど…。誰か、占って欲しい人がいたの?」

「…ハイ。事情があって名前は言えないとの事だけど、これ…。それと代金が分からなかったので、前金を預かってきました。」

 

そう言ってベドゥは小さな紙の包みと銀貨の入った袋を手渡してきた。

紙包みを開くと小さな小さな小瓶に入った赤い液体が入っていた。

 

「お客さんの、血液だそうです…。他の情報は事情があって話せないって。難しいですか…?」

「…そうだね。その人の生まれとかが分からないと、術としてはその人を見れないけれど…。で、その人は何を見て欲しいの?」

「…その、お客さんの想う人に、気持ちが伝わるかどうかと。」

「恋占い…?そう…。本当はその思う人の情報もあるといいんだけれど…。」

「あ、えっと…。」

慌てるようにゴソゴソと鞄を探るともう一つ紙包みを取り出す。

「必要なら、渡して欲しいと…これ。」

包みには爪と思われる欠片が入っていた。

「…そう。わかった。」

 

僕は小さな釜鍋を取り出すとその二つを中へと入れる。

雪山から採ってきた雪解け水と山茱萸の花を一房、ハマヒルガオの葉を2枚、ネロリのオイルと数滴…。

 

”時間(とき)よ巡れ、輪廻の輪を廻り、過去から今へ今から未来へ…捧し者の縁(えにし)を辿れ…”

 

呪文を唱えながら釜の中を混ぜると、ベージュの色をした煙が立ち上る。

と、それは徐々に人の様な形をなしてく。

 

「アラ…ユルヨ…ワタシ ヲ ヨブナンテ。メズラシイワネ。」

「うん。依頼が…あったからね。」

「ヘェ。シゴト…ネェ?」

そう言うとその煙の主はチラリとベドゥを見る。

「で、教えて欲しい。ささげた物の持ち主達の縁の行方は…どう?」

「…ホントウニ イッテモ イイノ?」

 

勿体つけるようにニヤニヤと煙を揺らしながら言うそれに、眉を顰めながら答える。

 

「…仕事だから。」

 

そういう僕にクスクスと笑い声を立てて主は言う。

 

「ソウネ、ソコノ ボク モ チャント キキナサイ?」

「え、ぼ、僕ですか…?」

 

声をまさか掛けられるとは思っていなかったベドゥが、心底驚いた顔をしてそして狼狽しながらも僕の隣へ来ると、その煙の主の話を聞く。

 

「フタリ ノ ムスビツキ ハ トテモ ツヨイ。 コノサキ スレチガイ ヤ コンナン ガ アッテモ、ハナレルコト ハ ナイ。 ハナレルコトガアッテモ ソレハ イットキ。

ドチラモ ガ ヒツヨウ デ ドチラモ ガ アイ ヲ モッテイル。 ダカラ アンシン ナサイ。」

「…そう。」

「ナニ?ワタシ ノ コトバ ヲ ウタガウ?」

「うぅん。君は、嘘つかないよ。分ってる。有難う。じゃぁ、またね…。」

 

僕がそう言うと煙の主は、勝ち誇ったような顔をして消えた。

そしてその釜の中を覗くとその底に山茱萸の花房が閉じ込められた小さな結晶があった。

それを取りだすと、小箱に綿を詰めそれを入れて包む。

 

「ユルヨさん、今のは…何ですか?」

「今のは…時の精、とでもいう所かな…?名前はないよ。永遠の時を漂っている者。どの時間にとどまる事もなくて、過去へも未来へも、行く事の出来るんだ。」

「じゃぁ、何でもさっきのアレに訊けば将来が分かっちゃうんですか?」

「ちょっと…違う、かな?具体的な事は教えてはくれない。ただその者の本質を見て、先の繋がりを教えてくれるだけだよ。」

「…そうなんだ。」

「それに、ちょっと難しい魔法だから教えてあげられるのは、もう少し先…。」

「ハイ。分ってます…。」

「はい。これ…。」

「これなんですか?」

 

ベドゥの手の上に包んだ小箱をのせ、サラサラと羊皮紙に時の精が述べた言葉を書き記し署名をして丸めると、それも渡す。

 

「お客さんに…仕事の報告をしないと…。箱の中見は…良い結果の印だよ。悪い時にはくすんで結晶にならない。」

「そうなんだ…不思議、ですね…。」

「うん。そうだね…。さ、明日それ届けに行っておいで?」

「いえ!まだ走ったら今日中には帰って来れますから。今から行ってきます!」

 

そう言って勢いよく家を飛び出すとベドゥは街へと駆けて行った。

その背を見送ると僕はフゥ…とため息を一つ付いて、その場へとへたり込んだ。

 

「何で…。」

 

顏に両手をあてると、顔の熱が手に熱く伝わる。

あの血液はベドゥの物だった。そしてあの爪は僕の…。

そう、ベドゥが”仕事”として持ってきたそれは、ベドゥと僕の相性を占うものだった。

だから、あの精はベドゥを近くに呼び言葉を聞くように言ったのだ。

そして、普段ならそんな事をしない精が結晶を残して行った。

本当は結晶なんか常に残らない。

なのにあの精は、まるで僕の気持ちを見透かしてそれを祝うかのように”形”を残して行ったのだ。

今、道を走りながらベドゥはどうしているだろう?

喜んでいるのだろうか?それとも悲しんでいる…?

居ないベドゥの背の輪郭を見つめ不安になりながらも、ふと胸に手を当てると心の奥底がじんわりと温かい。

どちらもが必要で愛を持っていると言われた事が嬉しかったからだ。

帰ってきたらどんな顔をしたらいい?

困ったな…と思いながらゆっくりと立ち上ると、きっと街まではいかずに途中で羊皮紙を開けて読み、帰ってくるであろうベドゥの為に、温かいスープを作り始めた。

彼が持って出た羊皮紙にはこう…記した。

 

「僕は、ベドゥが大好きです。こんな事しなくて良いから…訊いて下さい。」と。

 

困惑しながら慌てて帰って、あの玄関を飛び込んでくるであろうベドゥの顔を想像したら、

更に心が温かくなり自然と頬が緩み笑みが零れていた。

 

fin.