「母の日」か…。
この国にはこの季節、両親を思い感謝する日があるという。
街には小さな子らが日ごろ貯めたお小遣いだろうか?を握りしめて、花屋で小さな花束を買って行く姿をよく見かける。
俺の国にはそう言った風習はなく、日々の感謝は日々その都度する物だと思っていたから、最初はとても驚いた。
でも、よくよく知ればその風習も悪くないと最近は思ってる。
今年もその日がやってきた。
常は日々の暮らしもままならない俺だけれど、今年は直前に仕事が入り、懐が少し暖かい。
そんな事もあって初めてその風習に習ってみる事にした。
「なぁ?そんな無駄遣いする余裕あるのか?ナミル。」
「ハハ…。何だかんだ言ってもお前の食事は切らした事、ないだろ?」
「何を言う。俺の食事を恵んでくれと泣いて頼んだのは何時の事だったか?」
「それを言うな。全く…。」
使い魔のポポンの皮肉にももう慣れたが、言われて気持ちの良い物ではやはりない。
苦笑しながら今は亡き母の姿に想いを馳せていた。
魔法使いは親なししかなれないという縛りがある。
俺もそんな魔法使いの端くれ故に、言わずもがなもう両親はこの世にいない。
目を瞑ればあの暑い国の眩しい光の下、穏やかに微笑んでいる母の姿は、今もありありと浮かぶ。
その母に手を伸ばせば届きそうな程なのに、現実にはそれは幻でしかなく掴む事は出来ない。
母は例えるなら”癒し”の人だった。
暑い国にあり砂漠を渡る旅人が一時喉を潤すオアシスのような、人を温かく包み込む広い心と優しさにあふれた人だった。
口数の多い人ではなく、母が声を荒げて叫んで居るのを聞いたのは、後にも先にも永久の別れとなったあの日だけだ。
ゆっくりと瞼を開けると怪訝そうな顔つきでこちらを見ているポポンが視界に入った。
くしゃくしゃっとポポンの頭を撫でると、俺は街へと出かけた。
近くにある花屋は時期な事もあっていつもにも増して華やかで色とりどりの花が並んでいる。
「あの…スミマセン。ポピーの花は有りますか?出来れば白いポピーを。」
ポピーは母が好きだった花だ。
子供の頃、母に俺は訊ねた事がある。
「ねぇ母様?母様はどうしてこのお花が好きなの?」
「まぁ、ナミル。母様の好きなお花の事を気にかけてくれて嬉しいわ。
ポピーの花言葉はね、「おもいやり」というの。人を思い優しくしてあげる事って、簡単な様でとても難しい事なのよ?そんな言葉を持ちながら、こんなに柔らかな姿をしているなんて、とても素晴らしいでしょう?だから、母様はこのお花が大好きなの。」
「へぇ…それじゃぁ僕も”思いやり”のある人になるね!」
「まぁ、ナミルったら…。」
そういって笑い合っていた日々がとても懐かしい。
「おや、ナミルじゃないか。どうしたんだい?珍しね。あ、母の日の贈り物かい?」
「…ええ、まぁ。もう、他界していないんだけどね。」
「…そうかいそうかい。きっとお母さんも喜んでくれるさね。どれちょっと待ってな。」
気のいい花屋の女将はそういうと、手早く俺の望んだ花を店の奥から持ってくると、丁寧に包んでくれた。
「ほら。出来たよ。」
「え、こんな沢山…。」
白色のポピーの他に小さな色とりどりの花が添えられ、とても綺麗な花束に仕立ててある。
「良いんだよ。持って行っておやり?ちゃぁんと、お母さんに僕は元気にしてますって伝えるんだよ?」
「…有難う。あ、このお礼はまた今度するね。」
女将は気にするんじゃないよ!と言うように手を振ると、また他の客に呼ばれて仕事へと戻って行った。
俺はその花束を手に、街の外れまで歩いていくと、陣を描き呪文を唱えた。
そしてその陣の中に入る。
身体が捻じ曲げられるような、きっと普通の人なら吐きそうになるような、空間を捻じ曲げて故郷へと跳んだ。
「ふ、ぅ…。やっぱり扉をちゃんと繋いで来るべきだよな。」
三半規管の狂いが整うまでその場に立っていると、久しぶりに浴びる日差しのキツさに目がチカチカする。
手をかざして日差しを遮ると、そこには砂の山しかなく、そこにはもう何も残ってはいなかった。
数十年。
俺がこの場所を出てから、まだ数十年。
何となくそこにまだ人々が居た証が、多少なりとも残っているかと思っていたが、そこにはただ、熱に焼かれた砂が砂紋を描くばかりだった。
「たった数十年で、全て砂に還る何てな。人の作った物なんて、そんなものか。」
”まだ数十年”という感覚は俺の”何か残っていてほしい”という希望だったのだろう。
普通に考えたら、この砂の中にあって、物が消えてなくなる等、数年あれば事足りる事だ。
ザクザクと砂に足を取られながら俺は少し小高くなっている所まで歩いていくと、
手にしていた花を地に置く。
「母上…。皆…。ただいま。少しだけ、帰ったよ。」
当然答える者などいないが、俺はそこに座ると誰ともなくここを出てからの事をポツリポツリと話していた。
そして気が付くと、太陽はすっかりと沈み、空には美しい月が輝き、光を遮るもののない空には宝石がちりばめられたような星々が瞬いている。
「…さむっ。」
日中熱に晒されていた地はその陽がなくなると一気に冷え込む。
持ってきた花は水分を奪われ、その美しさはすっかり失われていた。
「暑さには勝てないよなぁ…ごめんな母さん。また…来年来るから。」
そういうとその萎れた花を砂の中に埋め、俺は立ち上がった。
服に着いた砂を払い落とし、空を見上げながら俺は思った。
「母の日」とは、母の理念でもあったであろう『思いやり』からなるものであり、日々の感謝を伝える事に他ならない。
何も持たないただの人である俺だけれど、亡き母に俺が誓った「思いやりのある人」でであるという事を
忘れてはいけないなと改めて思い出した。
そして今この時世界のどこかで生きている、母を思い子を思い伝え合える人達の、今日という日が素晴らしい物である様にと願った。
「『母の日』…か…。良いものだな…。」
また来年この地を訪れる時、土産話を持ってこられるよう、日々の幸せに感謝して生きようと、胸の中が温かい気持ちで満たされながら、俺はその地を後にした。
全ての母に幸あらんことを。
fin...
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