雪の節、終わりの月がもう今年もやってきた。
久しぶりに用があって僕は一人で街へと出ていた。
街は去りゆく年への感謝と、新たな年を迎える期待を込めて、慌しい中にも華やかで賑やかな装いへと姿を変えていた。
通りを歩く人々の手には、綺麗に包まれリボンをかけられた包みを持って歩く人たちの姿が目立つ。

「そっか…もうそんな季節なんだ。」
 
夜の節を迎える前の日、その一年の幸せを大事な人達と過ごし、ささやかな贈り物を贈りあう習わしが、この国にはある。皆が手にする包みは、その為の物だろう。

「ベドゥに何か…考えないとな…。」

用を済まし、タイキとイナヤとそのお弟子への贈り物はすんなりと決める事が出来たが、ベドゥの物を…と考えると、どの品を見てもしっくりくる物が見つからない。
どうしたものかと思いながら、帰りの道を歩いていると、小さな工房の看板が見えた。
 
〝大切な人へ、世界に一つだけの物を送りませんか?〟

そこはどうやら皮を使って小物を作る工房の様だった。

「作る…。そっか、作る…。」

僕はハッと閃き急いで家へと帰り、作業場へと籠った。
ベドゥは飛んで帰った僕を怪訝そうな顔で見上げていたけれど、そのまま作業場へ入るとそっとしておいてくれた。
紙と鉛筆を取り出していざ”何か”を描き出そうと思うがそんな簡単に出てくるはずもなかった。

「そっか…まず何を贈るかを考えなきゃね…。」

どうしようかな?と思いながら作業場の小窓から階下に見えるベドゥの角飾りがチラチラと動いているのが見える。

「角…か…。」

ぽつりと呟いて、つい最近ベドゥの身に起きた事件を思い起こす。
ミノタウロスの血を持つベドゥが、その角欲しさに暴漢に襲われたのだ。彼の家族が襲われたと同じように。
恐怖でベドゥはその血を覚醒させ、初めての変化と我を見失ってしまった。
それ以来ベドゥの身体は少しづつ成長を始め、それに伴う心の変化か、僕と少し距離が出来ている。
僕はその距離を何とか埋められないかとずっと思っている。
どうしてそんな風に思うのか、どこか壊れている僕の心では答えを探す事は難しかったけれど、
それでもこんな風に一定の距離を置いて生活をするのは悲しかった。
僕がもっとちゃんとしていたら、ベドゥの心が傷つく事はなかったのだろうか?
そんな思いがずっと心にへばりついて離れない。
もし次また同じような事が起こったら…と思うと、とてもじゃないけれど僕はいたたまれない気持ちで一杯になる。
何か彼の身に起こっても、直ぐに近くに飛んでいくことが出来たら…。
そんな事を思いながら、気が付くと僕は鳥の絵を描いていた。

「鳥…。そうだ、これにしよう…。」

それから数日、ベドゥの留守を見計らって僕はある物を作る為に、材料を求めて彼方此方へと足を運んでいた。
材料を持って帰ると作業場へと籠る日々。

「出来た…。」

そうやって出来上ったのは絵に描いた鳥を元にした、腕輪だった。そしてそれに対となるアンクレット。
ただの腕輪ではなく、これにはまじないが掛けてある。
万が一ベドゥの身に何か起こったら、僕のアンクレットが反応する。
腕輪に填めた宝石は僕の瞳と同じ色を持つペリドットを宛がった。そして僕の目にも術を掛けて、
普段は閉じているけれど有事の際にはその場を観る事が出来るようにした。
僕のアンクレットにはアクアマリン。
人魚がくれたその石は、別名『天使の石』と言われるそうだ。美しい若さと幸せな喜びを象徴するそれは、ベドゥをイメージするのにはピッタリだと思った。
それを僕はコッソリと自分の左足へとはめ、腕輪は綺麗な箱に入れて包んだ。

夜の節前日、雪の節の終わり。
毎年のようにタイキの家へと向かい家族皆でささやかなお祝いをして、自宅へと戻った。
僕は、誰かに何かをするという事には慣れていない、本当はタイキの家に居る時に、そのタイミングでベドゥにも渡してしまえばよかったけれど、何となく恥ずかしくて、その時には渡せずにそのまま帰ってきてしまった。
ベドゥは出かけていた分遅れていた夜の節に向けての準備をしている。
僕はそれを作業場の戸口に隠れてタイミングを見計らっていた。

「もう!何なんですか。ユルヨさん!」

僕はちゃんと目線が合わないように隠れていたつもりだったけれど、ベドゥにはお見通しだったようで、準備された椅子をペシペシと叩いて、有無を言わせず座れと促される。
僕はバツが悪く苦笑しながらその椅子に座り、反対側に座ったベドゥと向かい合う。
こんな風に面と向かい合って座るなんて、久しぶりな気がした。

「それで?何ですか?何か…用があるんでしょう?」
「…うん。」

僕は後ろ手に持っていた箱を、ベドゥへと差し出す。

「これは…?」
「今日は…感謝の日でしょ?タイキの家で…渡せなかったから。」

そう言うのがやっとで、どう言葉を続けていいか分からなくなる。
ベドゥは黙ったまま包みのリボンをほどき開けていく。
喜んでくれるだろうか?それともそんなものは要らないと拒絶されるだろうか?僕はまるで断頭台に立っている様な気分になった。
箱の中から指でつまんで取り出す様子を見て、僕はキュッと目を瞑った。

「これ…腕輪、ですか?」
「そう、腕輪。この前その…ベドゥが襲われた時、僕、未然に防ぐことが出来なかったから…お守り。」
「え、お守りって…?」
「それを填めてれば、もしベドゥに何かあったら、何処に居ても直ぐに駆けつけられるように、まじないを掛けてあるんだ。」
「そう、なんだ…。」

薄っすらと目を開けて見ると、ベドゥはその腕輪を指で撫で少し微笑んでいる。
その様子に少しホッとすると肩の力が抜けた。

「あ、でもどうやって分るんですか?」

もっともな問いに足元の隠れているローブを摘まみ引き上げると、足首にあるアンクレットを見せる。

「ベドゥに何かあったら、これに伝わる様にしてあるんだ。僕の目にもまじないを掛けてあるから、何かあったらその場所が観られるように…」
「それ…お揃い、ですか?」

説明の途中でベドゥは内容よりも形に気になったようだった。

「あ…うん。あ…でも、そうだな…。」

今更ながらお揃いの形にする必要はなかったと思い、どうしてお揃いにしたのかも、自分がした事なのに分り得なくて戸惑う。
そんな様子を見てか、ベドゥはカラカラと声を上げて笑っている。

「もう…仕方ない人ですね…ホント。…付けて、くれますか?」

手に持つ腕輪を差し出しながら、以前に比べて目線が高くなっている事に気づく。
きっとそれはあっという間に僕を追い越して、見上げなければいけなくなるだろう。

「腕、出して…。」

一回り太くなった腕にそれを付けると、締め付けが気にならない丁度良いサイズに伸縮する。

「うわ!これ、勝手に大きさ変わるんですか?」

その様子を見て目を見開くベドゥに、まだこの家に来たばかりの頃の彼の面影をみた。

「うん、これからベドゥはもっと大きくなるだろうから…。食い込んでいたくなったりしたら、マズイでしょ?」
「そっか…あ、じゃぁこれ、ユルヨさんが作ったんですか?」
「うん…。街に買いに言ったんだけれど、いい物がなくて…。」
「そうなんですね、あ、えっと…ありがとうございます.大事にします。」
「あ…えっと…感謝の日おめでとう…。」
「ユルヨさんも。感謝の日おめでとうございます。」

久しぶりにちゃんと見たベドゥの顔は、少し大人びて僕は何だかドキドキしていた。

fin.