【番外編】キュオスティが少し姫との距離を悩んだ挙句、打開策を見出そうとするお話。


”姫を頼むぞ。”

王に愛娘の専属護衛の任を任されて、いくらかの日が過ぎた。
姫についての大まかな人物像についての書類に記載された通り、
我が姫シュネー殿は私であっても異性に対しての恐れは共に過ごす時間が増えても、
払拭できない様だ。
別段近寄って欲しい訳ではないが、側によれば引っ込んで隠れてしまう彼女に、これでは万が一の事が有った場合、護衛に支障が出るかもしれないと思っていた。
かと言え、気弱な彼女に無理強いをし、更に関係を悪化させる事は得策ではないとも思う。
どうした物かというのがこの所俺の悩みであった。
特別に仲良くなる。とまではいかなくとも、せめて隣に並び歩く位にはなっておかねば、護る事すらままならないだろう。

「何とか…信頼をして頂けたら良いのだが…。」

何か良い打開策はない物かと考えた末、姫が親しくしている姉姫なら、書面に書いた以外の姫の人となりが知れるかもしれないと、シュネー姫には一時の暇をもらい、城の外れにある古離宮へと足を運んでいた。

城の奥深くにあるそれは、まるで近隣にある農村の様な佇まいで、これが城の中であることを一瞬見まごう程のボロ屋であった。

「こんな所に本当に姫がお住まいか…。」

足を踏み入れて進むと、そこにある畑に見知った顔が鍬を振るって地面を耕していた。

「なっ…ヴァリオンどの。何を!?」
「あぁ…キュオスティさん。何って…見ての通りだが?」

馬鹿な事を訊くな?と言いたげな顔でこちらをみる同士にあっけにとられていると、建物から彼の専属である姫。ユスティーナ姫が籠を片手に出てきた。
そして俺を見つけると小走りに近寄り姫らしく礼を取る。
それに伴う様に、自分も膝を折り頭を垂れると、

「キュオスティ様。御機嫌よう。どうなさいましたの?シュネーは…ご一緒では?あ…ここではその様な礼は必要なくてよ。さぁ、お立ちになって?」
「いや…はぁ…。忝い。今日は俺一人で参りました。姫には自室でお待ち頂いております。」
「まぁそうでしたの。それで?今日は何か…?」

畑を耕す手を止めて汗を拭きながらヴァリオンはその姫の隣に並ぶと、姫は籠に入れてあった種を手渡した。
それを受け取り不思議そうな顔で俺を一度見ると、再び畑へと戻り、種をまき始めた。
その様子を眺めながらユスティーナへと要件を述べる。

「あー…その……。その前に。ヴァリオン殿は…いつもここであんなことを?」

要件を言おうとしたが、どうしても気になって姫に問うと、

「ふふふ。”騎士”に何させてるんでしょうね?でも、そうね。何時もあんな感じでお手伝いしてくれてるわ。」
「そうなんですか…。ま、ぁ…騎士と言えど人ですからな…。成程…。」
「キュオスティ様、何だかとても面白いお顔をされていますわよ?」

そう言ってコロコロと笑うユスティーナ姫に苦笑をしながら、やっとここに訪れた要件を述べる。

「話をそらしてしまいましたな。申し訳ない。本日参りましたのは…ユスティーナ様にご助言を頂きたく…。」
「助言?」

何だろう?と不思議そうな顔をしながら俺の顔を真っ直ぐみる目に、何となく心持が落ち着かない。

「はい。助言です。」
「そうなのですね。それでは…立ち話も何ですし、こちらへ。ヴァリオン…。少し休憩致しましょう?」

とヴァリオンへも声をかけ、共に庭先にあるテーブルへと通された。

「今、お茶をおもち致しますわ。ヴァリオンは冷たい物が宜しいわね。」

そういうと何時も城で見かける固い彼女とは打って変わり、とても軽やかで楽しげに屋敷の中へとかけていく。
その背を観ながら、残されたヴァリオンに声を掛けた。

「なぁ?何で畑何か…?」
「ここは、食べる物もほぼ自給自足で賄ってるからな…。」
「いや、そうじゃなくて、何でお前が耕してるんだ?」
「男手の方のが向いてるだろう?姫が鍬持って耕してたら何日かかると思うんだ?」
「え、じゃぁお前、自主的にやってるのか?」
「自主的…な所もあるが、そうじゃない所も…。」

顎に手を遣り首を傾げながらヴァリオンは考え込んでいる。
そこにクスクスと笑いながら手にお盆をもち、姫が戻ってきていた。

「ヴァリオンがお手伝いしてくれてるのは、母の命だからよ。『働かざる者食うべからず!』って言われておりますの。」
「『働かざる者食うべからず』?」
「そうなの、ヴァリオンは良くご飯を一緒に食べるから…。母も一緒に。」
「王妃と??」
「そう。ここは騎士様の寄宿舎からも遠いし、この屋敷内に彼の部屋があるから…。」
「王妃の命では…逆らう訳にはいくまい。」

何ともバツの悪そうな顔をしながら、そう呟くヴァリオンに、俺も吹き出してしまう。

「ハッハッハ!そうか。王妃の命ならば…騎士として果たさねばなるまいな。いやぁ笑って悪かった。」
「いや、いい。気にしてない。」

ムスッとした顔をしながらも、堂々とユスティーナ姫の隣に並ぶ彼に、自分のままならない実情と比べれた、少し羨ましくも思える。

「さて、ワタクシに何か…お話があったのではなくて?」
「え?あ、あぁ…そうだった。すまない。」
「宜しいのよ。堅苦しい事はなしよ。」
「そうか…助かる。」

いざどう助言を求めたらと思うと口から上手く言葉を紡げず、モダモダとしてしまう。
言い淀んでいる俺を見て姫が口を開いた。

「シュネーの事かしら…?」
「え、何で分る?」
「そんな事…わかりますわよ。貴方の様に騎士としての役目に忠実で、シュネーの性質を理解し、付かず離れず適度な距離を保って、シュネーの無理がない様に気を配っている。そんな貴方が、姫をお留守番させてまで、こんな所へ来るなんて、ただお茶が飲みたかっただけじゃないでしょう?まぁ…勿論それだけで訪れて下さっても、一向に構わないのだけれど。それでもきっと一人で来たという事はシュネーに聞かれたくないという事。つまりはシュネーに関する事をお尋ねになりたいということでしょう?」

屈託なく笑う姫に参ったなと頭を掻く。

「そうだシュネー姫との事で助言を貰いたい。」
「何か…ありまして?」
「何かある…と言われれば、何もない。むしろそれが困っている。」
「何だ…キュオスティさん、シュネー姫に惚れたのか?」
「バカな事を…お前と一緒にするな。」

笑みながらそう言うとヴァリオンは首をすくめる。

「困ってるのは”距離”を縮めるには…どうした物かと思案しあぐねている次第だ。」
「距離?」
「ああ、そうだ。姫が異性に恐怖をいだいている事は、資料を読んで十分に理解しているつもりだ。だから、無理強いをする事はしないで居るのだが…。専任になってからもう随分になるが、未だ俺が何気なく近づこうとすると隠れてしまうのでな…。これでは姫に…好事家の策が講じられた時、護る事に支障が出そうで…。
それで、資料にはないシュネー殿の人となりを良く知るユスティーナ様に、何か…シュネー殿に信頼して頂ける策はないかと…。こう…。」

最後は尻すぼみになりながら困った事を一気に話すと、意に反してユスティーナ姫はクスクスと笑いだす。

「な、何かおかしい事でも?」
「いえ…ごめんなさい。笑ったりなんかして。そうね。その前に、これだけは言わせてね。シュネーは、貴方の事怖いから隠れる訳じゃないわ。」
「え…。」
「お信じにならないかもしれないけれど、彼女は貴女の事好きよ?あぁ、恋とかそう言う事では…なくてね?」
「は、ぁ…。」

怖がられている訳ではない…?
ユスティーナ姫の思いがけない言葉に首をひねっていると、続けてこういわれた。

「そうね。キュオスティ様は…もう少し肩の力を抜かれると良いかも…しれませんわね。」
「…肩の、力。ですか…。」
「ええ。シュネーは物でも何でもありませんわ?勿論騎士様だから、姫を護るという事に重きを置いていらっしゃるのは重々承知。
けれど、貴方がその護ろうとしているのは、心を持つ”人”である事をお忘れにならないで?」
「…。」

姫に言われるまでもなくそんな事は分っている。だからこそ、シュネー姫の禁忌に触れる事は避ける様に気を配ってきたつもりであった。
それなのに、そんな分かり切った事を言われ、今以上にでは何をしたらよいのか…。

「キュオスティ様を否定してる訳ではありませんのよ…?大事にして下さって、ワタクシはとても貴方の事を信頼しておりますし、シュネーの騎士殿で…良かったと思ってますわ。でも…確かにそうね。あれでは折角貴方が任に就いて下さっていても、万が一の時には大事になりかねないかもしれないですわね。」
「そうなんです。俺もそれを気にして…何とかと…。」
「そうでしたのね…。それでしたら…そうだわ。」

不意に立ち上ると、屋敷の脇にある納屋へと駆けていく。
そして戻るとその手には籠が握られていた。

「はい。どうぞ?」

差し出された籠を受け取り中を覗くと、そこには小さな鉢とそれに入るだけの土。そして種が入った袋が入っていた。
渡されたのはいいが、何故こんなものを?と、その意図が分からず訊ねた。

「これは…?」
「それは…見ての通りよ?その種は『スノードロップ』という花の種。シュネーが好きな花よ。丁度シュネーにあげようと思って、この前街で種を買っておいたの。それを一緒に…育ててみて。」
「花を…ですか…。」
「そう。一緒に育てて貰えないかって、シュネーに言うと良いわ。ワタクシから種を貰ったけれど、どうしていいのかって訊いてごらんなさい?」
「お願いなど…騎士として…。」
「それはこの際、置いて置いて?…シュネーに距離を少しでも縮めて貰いたいんでしょう?」
「それはそうですが…。花を育てるなど…未だかつてした事がないので…。」
「まぁ?それは丁度良かったわね。二人で四苦八苦しながら育てて見なさい?きっと花が咲くころには、隣に並んでいられるわ。」
「…そんな、ものでしょうか。」
「ええ。きっと大丈夫。」

にこやかに確信に満ちた笑みをするユスティーナ姫の顔に、打つ手がないのならこの笑顔を信じてもいいかなと言う気持ちになった。

「分かりました…。まぁ、上手く行くかはわかりませんが、やってみます。」
「ええ。シュネーとの距離が、少しでも縮まると良いわね。次に2人でここへ来る時を楽しみにしてるわ。」
「そう…なれる様、尽力をつくします。ご助言痛み入る。」

その後暫し二人と談笑をし、古離宮を後にした。
そしてその足でシュネー姫の元へと参じる。

”コンコン…”

「ど、どなた?」
「キュオスティに御座います。入っても…宜しいですかな?」
「どう、ぞ…。」

戸を開け中に入ると椅子の後ろにかくれる様に顔を覗かせている姫が見えた。
そのまま足を一歩だけ勧め戸を後ろ手に立つと、助言を元にユスティーナ姫から種を貰った事を説明する。

「それで…姫が宜しければこれを、一緒に育てては貰えないかと…。俺、植物を育てた事等一度もないので、姫にご助力頂けたら…。姉姫様から預かった種なので、枯らす訳には行きませんので。」
「まぁ…。でも…。」
「何でもこの種はシュネー姫のお好きな花『スノードロップ』と言う様なのですが、花にもとんと疎くてですな…。」
「スノー…ドロップ…?」
「はい…そう仰って…。」

”おられました。”と最後まで言い終わる前に、シュネー姫が駆け寄る。
未だかつてない事に驚いていると。

「ティナ様が、これを下さったの?」
「ええ。何でも、街で種を見かけたそうで。姫に差し上げようと思われていたようです。用があって先程ユスティーナ様の所へお邪魔した際に、折角だから俺と姫とで育てて見てはと言われ、預かってきた次第です。」
「そうでしたの。それは…咲かせないといけませんわね。私もお姉様に見せて差し上げたい。でも…。」

話しをしながらクルクルと瞳の色が変わる。きっと色んな気持ちが入り混じって葛藤しているのであろう。

「いや、無理にとは申しません。姫が御嫌でしたら…。」
「いえ!そ、そんな事は…。」
「…そうですか。では、2人で頑張ってやってみましょうか。」
「…はい。」

そう言って俺を見上げ、薄っすらとその白い頬を紅く染めながら小さく笑った姿を見て、
ユスティーナ姫の言った通りだったなと、やっと姫が仰っていた意味が分かった気がした。

”貴方が護っているものは、人だという事を忘れないで。”

騎士としての『王の命』と言う事にとらわれ過ぎて、姫が我が主であるという事をどこか忘れていたのかもしれない。
そんな事も気が付かず、信を得ようなど横暴としかいえまい。
それに気づく事が出来ただけでも、今日あの古離宮へ足を運んだことの意味があった。
今目の前で、物の影からではなく、自分の目の前で微笑んでいる我が姫の今日のこの姫の笑みは、生涯忘れる事がないだろう。
やっと姫と共に主従として歩むスタートラインに立てた。そんな気持ちを持ちながら、姫の笑みにつられる様に俺も気負う事のない笑みをこぼした。

「どんな花が咲きましょうか?楽しみですな…。」

姉姫が言っていたように、次に共にあの古離宮を訪れる時には、その隣に並び共に歩めることを心から願った。

fin..