「勝者!ラクシュミ・メンチェール!」
「やった!これで騎兵になれる!」
幼い頃母を不慮の事故による怪我が元で旅立って以来、ずっと父は私を男で一つで育ててくれた。
今でこそ一線を退いてはいるが、私が小さかった頃は隊を束ねる長をしながら家の事も私と遊ぶことも全部一人でやっていた。
お蔭で私は寂しい思いをした事がない。
けれど、成人した今。それは随分と大変だったという事を知った。
だから、私はせめてもの恩返しにと、父と同じ道を進む事で恩返しをしようと、成人と同時に騎兵へと志願した。
元々家の事には向いてないのか、体を動かす事の方のがあってる気がする。
だから今日、選抜トーナメントで勝利を得て来季からは入隊する事が出来る事が決まり、心から嬉しかった。
真新しい近衛騎兵の武具と普段着を渡されると、すぐさま蝶を飛ばし父の元へと走った。
「パパ!」
「ラクシュミか。どうした?そんな慌てて。」
「あのね!選抜トーナメント。優勝したよっ!」
「…そうか。頑張ったな、おめでとう。」
深く皺の刻まれた額を少し緩ませて私の頭を撫でると、
「私としては…。同じ道を歩ませたくはなかったのだがな…。隊に所属するという事は、魔物と対峙するという事になるんだから…。オルヤの様に…、お前を危険な目には遭わせたくないよ。」
といって、寂しげな。それでも誇らしげな微笑を洩らした。
「大丈夫だよ!私頑張って鍛えるし、無茶もしないから。パパを悲しませたくないもの。それに娘と一緒に毎日いられるんだよ?少しは喜んでよ。」
「はは。まぁ…そうだな。常に目の届くところに居るというのは、逆に安心かもしれんなぁ。」
「ね、今日はお祝いしよう?ウィアラさんの所でたまにはご飯食べよう!」
「ふっ…いこうか。」
空に夕闇が迫り、街灯がポツポツと灯る中、父と二人で並んで歩く。
酒場へと近づくと、空腹の胃袋を刺激するかのような、店主自慢の料理の香が店の外まであふれていた。
扉へと近づくと、もう中からは賑やかな声が聞こえてくる。
「どうやら、お前の未来の仲間たちも集まっている様だな。」
中へ入ると店内には隊の衣装を身に纏った人たちが、酒を飲み交わし楽しげに騒いでいた。
「あ!クロードさん!」
「あぁ…エリック。優勝したか…?」
「はいっ!」
短髪の赤い髪を揺らして勢いよく返事をする彼は、入隊直後から父クロードが厳しく稽古をつけている、今の隊随一の腕を持つといわれるその人だった。
「そうか…良かったな。」
誇らしげに笑い肩を叩く
「クロードさんと…鍛錬を積んだおかげです。あ、今日は気の知れた奴らと、軽い祝をして貰ってるんですが、ご一緒しませんか?」
嬉々として喜ぶエリックさんとは裏腹に、一緒に飲んでいた仲間たちの顔が一瞬にして凍りつく。
父は余り表情を外に出す方ではないから、周りの人からは鬼神だの化け物だのそら恐ろしい物の様に思われている。
明らかに空気が変わるのを察してか
「いや…私が居ては…騒げないだろう?今日は…。」
「わぁ!!いいんですか!丁度私も父とお祝いしに来たんですよっ!」
父が言い終えるのを遮り、知らない人たちへと言葉を発していた。
自分でもビックリしたけれど、父が良い人なのは私が一番良く分かってる。
「…君は?」
エリックさんに訊かれて娘であることを伝えると、
「あぁ。君がラクシュミか。クロードさんから話は聞いているよ。お祝いって、誕生日か何かかい?」
丁寧な口調で問われると、それまで固まっていた他の面子も”はっ!”となってこちらへと目を向ける。
「あぁ~~~…はい。実は…選抜トーナメントで勝ち上がったので、来年入隊する事が決まったので…。」
急に恥ずかしくなりゴニョゴニョと声が小さくなる。
エリックさんはサッと父の顔を見ると、小さく頷く父に目を丸くしていた。
「何と!我らの隊にクロードさんの娘御が入られるぞ!お祝いだ!!」
大げさに仲間をあおる様に叫ぶと共に、其々が飲むおそらくは酒の入った杯を掲げ打ち鳴らした。
「ようこそ!我がローゼル騎士隊へ。歓迎するよ。ラクシュミちゃん。」
父は仲間たちの様子を静かに眺めながら穏やかにエリックさんと談笑をしていた。
その間私はと言えば、1年先の仲間たちに揉みくちゃにされながら、ついつい注がれる酒を断る事なく胃袋へと流し込んでいった。
誰が誰とも分からないまま、楽しくゆっくりと流れるその時間は、最高に楽しかった。
すっかり皆酔いが回って立場も何も各々分からなくなった頃、私は隣に座っていた人と楽しく飲み交わしていた。
「ふふふ…。お酒って美味しいですよぉねぇ~♡」
「ぉう!最高だよな!またウィアラさんのつまみ、美味いしさぁー。チーズの盛り合わせ、俺大好きなんだよな。」
「あははっ!チーズってぇ。切っただけじゃぁないですかっ。」
「そう言えばぁ…そうだなっ!細かい事いいやっ!飲もう!」
「ですです!飲もう!」
カチン!澄んだ音を響かせ杯を空ける。と、暫くしてあがらえない眠気に襲われた。
「んぅ~…もぉ~飲めないぉ~…。」
「ぉい、ダイジョブかよ?」
「ん~…。ダイジョブ…ねむぃの…。」
「ぉい。おぃ!」
肩を揺さぶられた気もするけれど、もうその時には私の意識は深い眠りに包まれていた。
翌日、目が覚めると酷い頭痛と喉の渇き、倦怠感に襲われた。
「っ…たぁ…。」
身体を起こし割れそうな頭を抱えていると、父が白湯をもってやってきた。
「大丈夫か?」
「ん~…だめ。頭痛い…。」
「飲み過ぎだな。ほら、白湯飲め。喉乾いているだろう。」
「ありがと…パパ。」
盆に載せられた杯を受け取ると、ふと昨夜の酒場での事が思い出された。
「ねぇ。そう言えばパパ。私どうやって帰ってきたの?」
「ふっ…そうだなぁ。後で来季の騎士隊長殿にお礼を言っておけよ?」
珍しく冗談めいた口調でそういうと、ここまで私を運んできてくれたのがエリックさんだという事が分かって、とても恥ずかしくなった。
「ふぇ~…。まだ隊に入ってもいないのに。恥ずかし…。」
「…まぁ、これからお酒は、ほどほどに、な?さ、今日はもう少し休め。」
私に横になるよう促すと、肩まで布団をかけてくれた。
「じゃぁ、私は出かける。いい子にしてなさい。」
何時もと変わらない様子で父は部屋を出て行った。
一人になると、昨晩の酒場での事が思い出される。
「楽しかったな…。」
来年には一緒に毎日を過ごすであろう人たちの面々を思い出して、そういえばと気が付いた。
「みんなの名前、聞いてなかったな。最後に一緒に飲んでた人…面白かったな。来年には…また会えるよ…ね…。」
昼中の温かく柔らかい日差しが窓から差し込む中、微睡と共にまだ名も知らぬその人たちへと思いをはせ、再び眠りにつくのであった。
fin
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