そんな生活が数年続いた頃、国で反乱がおきた。
王の乱れた施政で国は荒廃し、国民に課される税の重さに積もり積もった不満が一気に爆発したのだ。
その主となった人物は王の第3皇子であった。
国を思い民を思うこの王子は皆に愛されていた。そしてまた、王子も国を心から愛していた。
その為、これまでも現王に再三忠言をし、何とか立て直す為にと手を尽くしていたが、
これまでと父でもある現王に見切りをつけ、処断する決意を決めたのである。
継承権第3位故に現王を倒すだけの力はなく、秘密裡に隣国であるアルバ王国へと助力を願った。
他国の内情に干渉しないという立場を取っていたアルバ王も、王子の切なる国を思う気持ちと疲弊した民の気持ちを思い助力を承諾した。
魔物と常に隣り合わせでいるかの国の軍事力はとても強く、あっという間に城下へと歩を進めていた。
民は郊外へとのがれ、ほぼ城の者だけとなった街は、王を護る騎士と侍従たちだけとなっていた。
信の薄い王に命を捧げるものの数は少なく、アルバの軍が城内へと踏み込んでくると、闘いもせずに逃げてゆく。
アルバ王の威光で無闇な折衝はしないとの約束を守り、逃げてゆくものはそのまま捨て置いた。
城の中の者はみな逃げる用意をし、大混乱が起きていた。
抵抗する忠臣には容赦なく剣が振り下ろされる。
王すら混乱にまぎれて逃げようとしていた。
俺は…。そんな様子を余所めに一人紅茶を飲んでいた。
やっと…願いがかなうチャンスが来たからだ。
ここにいて王への信をのべれば、誰かがきっとその剣を振り下ろしてくれるだろう。
そう、思っていた。
この何年かの内に忘れていた、小さな頃に聞いた歌を思い出していた。
歌の名も、歌詞を忘れてしまい、ハミングだけを刻む。
”ふん…ふふん……♪”
と、突然扉が乱暴に開けられる。
「貴方、何をしてるんですか!」
そう飛び込んできたのは、あの侍従だった。
「歌を…歌ってる。歌詞忘れちゃった。」
「そんな悠著な事言ってられないですよ?早く逃げなくては!貴方も逃げる準備を…!」
「…逃げる?何故?」
「外の様子が分からないんですか!このままここに居ては…死んでしまいますよ!?」
「…ふふっ。」
「なっ…何を笑って…。」
「ふふふっ。だって…やっと…願いが、叶うもの…。」
「…!」
そういうと再び紅茶を口にし、窓から見える外の景色を見ながらハミングを口ずさむ。
と、急に視界が真っ暗になった。
「な、何???」
もがいてみるが、何か大きな袋を被せられたようで出る事が出来ない。
「…貴方だけ。自由に何てさせない…。生きるんだ。」
そう言うと侍従は俺をその場へころがし、去って行く足音だけを残した。
どれくらい経っただろう。もう騎士たちはここへやってきただろうか?
俺を…殺してくれるだろうか?気が付かず去ってしまう事を恐れもぞもぞと動く。
と、聞きなれない足音が響く。
「何だ…?」
袋の口を開けられ、光が差し込んで眩しい。
そこに見えたのは長い金の髪を一つに束ねた男だった。
「お前…何故こんな所に入れられている。」
引きずり出されるように外へと出された。
「もう一度訊こう。何故こんな所にいる。」
そう問われるもついぞ人と会話する事など皆無に等しい数年を送って来た為に、直ぐに問いにこたえる事が出来ない。
そして出た言葉は…。
「…僕を、殺してくれる…?」
その言葉に驚き目を開くその男は、ゆっくりと俺を起こし立ち上がらせると、
「ついて来い。」
そう短く告げ、部屋から連れ出した。
連れ出される際にふっと廊下を見ると、先の侍従が倒れていた。
”あぁ…彼はやっと…自由になったんだ。”
そう思い、自分は??と問う。
そう思うと先に立って歩く男に再び声をかけた。
「ね…。僕を…殺してよ…。」
その男はチラッと見ただけで振り返る事もせず、前を歩いていく。
俺はただ黙ってついていくしかなかった。
連れて行かれた先は、母が俺を捨てて行った場所。謁見の間だった。
久しぶりにみるそこは何も変わる事がなく、変わったと言えば王の座の前に立つ男の姿が違う位だった。
「王子。この者の詳細を御存じか?王の居室近くの小部屋に袋にいれられていたのだが。」
”王子”と呼ばれたその人が俺の顔を見た。
俺は再度問うてみた。
「ね…殺してくれる?」
王子は俺の問いには答えず
「この者は…恥ずかしながら我が父の…男妾でしょう。元は我が国の貴族の子だと聞き及んでおります。」
「何と…!」
驚きの声を上げた人の顔を見る。
その人は見た事のない初老の女性だった。
その人はゆっくりと俺へと近づいて、そっと手を取ろうとする。
「や、やめて!!」
俺はガタガタと震えながら手を引っ込める。
それでもその女性はおびえる事なく引っ込めたお手の手を取るとそっと両手で包んだ。
「可哀想に…。辛かったであろうな…。」
そう言ってそっと震える俺の体を抱きしめた。
それでも俺は身体の震えが止まらず、恐怖におびえていた。
「や、だ…ゃだ…触らないで!!」
逃れようと身もだえするも、その女性のどこにそんな力があるのかと思うほど強く抱きしめられていた。
「もう、大丈夫。大丈夫だ…。お前を傷つける者は、どこにもいない。大丈夫…。」
きっとその人の言う言葉に嘘はないのであろう。
それでも長年虐げられてきた物は、簡単に抜けはしない。
「…僕を…殺して。もう、それしか…ないんだ…。」
その人にされるまま抱きしめられながら、震える体でそう呟いていた。
To be continued…
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