一しきり抱きしめた後
「王子、この子はどうなさるの?」
唐突にその女の人はそう言った。
「そうですね…。親元に帰すか、それともこのまま城で侍従として面倒を見る事になるか、どちらかになるかとは思いますが…どちらも彼にとっては辛い道となりましょう…。」
そう言うと王子は俺へと悲しげな目を向ける。
「それでは私が貰い受けて面倒を見るというのは如何かしら?この国にいては彼も辛い事ばかりでしょう。」
大人達が何か話してるけれど、俺はただその場に立っていた。
「誰も…僕を…殺して…くれないんだ…ね。」
たった1つの願いをも叶わないと知って、絶望した。
”絶望”だなんてとっくに無くしたと思っていたのに…。
「僕…部屋に、戻る…ょ…。勝手に…部屋から…出たら、お、こられ…る…。」
フラフラと来た道を戻ろうとすると、先ほどの騎士らしき男に腕を掴まれ引き留められる。
「戻らなくて良い。きっと悪い様にはならん。ここで、待ってなさい。…むっ!?」
腕を掴まれた際に袖がめくれ傷だらけになって肉が何度も盛り返した為に深い痕となっている手首の傷を見られた。
目を見開いて、その男は一瞬戸惑うが、ゆっくりと掴んだ腕を放しそっと袖を降ろしてその傷を隠した。
”悪い様にはならない”そう言われたが、大人のいう”悪い様にならない”という言葉は今まで1つだって良い方へ働いた試しがなかった。
何時だって大人の都合のいい事にしかならなかった。だから、その言葉を信用するなんて、一つも出来なかった。
「じゃぁ…そういう事で…。」
「女王、此度は大変なるご尽力賜り、有難うございました。時間がかかりますが、恩に報いられる様この国をたてなおしてみせます。その暁には、改めてこちらからお礼に伺いますので…。」
と礼をする。
「それから、その少年の事…お手数をかけます。何卒宜しくお願い致します。」
といい、それが俺の事を指しているというのに気づくまで、時間がかかった。
「さ、では帰りましょう。」
そういうと”女王”と呼ばれたその人は俺の肩にそっと手を置き、「貴方も…一緒に行くのよ?」と微笑んだ。
連れ立って歩き城の外へと出る。陽の光を全身に浴びるなんて何年ぶりなことだろう。あの母親に連れだってここへ来たとき以来で、日差しが眩しくて目を細めた。
隣に立つ女王は俺の歩く歩1つにもとても気遣ってくれた。
けれど、この城へ来た時もそうだった。親切にされた時は裏切られる時。
”俺は…きっと、今度はこの女王に…買われたんだ…”
この城を去るというのに、俺の目はうつろになり、空虚だった。
■アルバ王国■
連れてこられた場所は、深い森に囲まれた穏やかな街だった。
自国とは違い、通りをいく人々は満ち足りているように皆朗らかで、この国の治世が良い物であると窺い知れる。
とその中心部にあたるであろうそこに城が建っていた。
「さぁ、今日からお前はこの国で過ごすのよ。」
そう言いにっこりと笑う女王に
「あの…僕…。女の人…知らないから…。どうしたらいいか…教えてください。覚えますから…。」
「え??あぁ…。」
そういうと俯く俺の顔を覗き込み微笑む。
「違うよ。そういう…意味ではない。もう、そんな事。しなくていいの。」
「僕を…買ったんでしょう?」
そう淡々と言うと女王は寂しそうに笑う。
「…違うわ。お前はこの国の人間となって、人として生きるんだ。」
そう言われても意味が分からなかった。
首をかしげて、女王を見る。
「ふっ…直ぐに理解しようとしなくていい。まずは…そうだな。ご飯でも食べよう。」
そう連れてこられたのは城内だというのにこじんまりとしたダイニングだった。
「あぁ、母さん。おかえり。お疲れ様でした。無事良かった。」
「あぁ、クロード。留守中変わりないか?」
「えぇ。変わらず…ここは穏やかですよ。」
そう微笑むと俺に気づき王へ問う。
「母さん、その子は?」
他人の目に慣れていない俺は目線を送られただけでビクっとしてしまう。
「ちょっとな…。訳ありで私がこの国へ連れて来た。それは後で話そう。そう言えばまだ名を聞いていなかったな?」
そう王に問われ、そういえばずっと名など呼ばれた事がなかった事を思い出す。
「エ…エドガー…。」
そうその名を口に出すと体が震えだす。名を言うだけで精一杯で家名をいう事は、出来なかった。
「そうか、エドガーと言うんだな。良い名だ。」
とその王の事を”母さん”と呼ぶ男に顔を向けると。
「エドガーには、ちょっと休養が必要だ。行くあてもないのでな。暫く私の元で過ごさせようと思ってる。だからお前もそう心得ておいてくれ。まぁ兄の様に接してやってくれ。」
「分かりました。珍しい母さんのお願いだから、ちゃんと心しておくよ。」
そう言って俺に向き直ると
「初めまして。僕はクロード。この国の王太子だ。それから今は出かけているが、僕には一人妹がいる。フォルトゥーナと言うんだ。これから宜しくな?」
と頭を撫でようと手を伸ばしてきた。
”怖い…!!”さっと顔から血の気が引くのが分かる。
「や、めて…!!ごめんなさい…ごめんな…さい…。」
急にブルブルと震える俺に、クロード王子は戸惑っていた。
「クロード、すまない…。その子は少し…触れないでやってくれ。」
王自らパンに野菜などを挟みテーブルへ持ってくる。
「すまなかったな。無駄に怖い思いをさせてしまった。さ、お腹がすいたな。食べよう。」
「さ、座って?」
2人に勧められ、椅子へ座る。
出されたお茶に過去を思い出す。
「僕…薬…なくても…平気…だから。」
そういうと二人はきょとんとする。
「薬…とは??」
クロード王子に問われ素直に答える。
「前の、王様は…。する前、お茶に薬…入れてたから。僕が…いい声で啼くようにって。」
王子は驚いて手にしていたカップを落としてしまう。そして女王を顧みると、女王はお茶を飲みながら小さく頷いた。
察した王子は新しいカップを持ってくると。再びお茶を注ぎ
「エドガー。ちゃんと見てなよ?」とグッと飲み干した。
「これには、何にも入ってない。だから安心して飲んで良いよ。」
少し間を置いて様子を見ていても、いつも自分がなるような風にクロード王子はならなかった。
おずおずと手を伸ばし。カップを手に取ると花の様なとても香しい匂いがした。
口に含めば甘い蜂蜜の味とその匂いが鼻から抜ける。
「…美味しい。」
そのお茶をゆっくり飲み干すとその温かさが体にも、心にも少し沁み渡るようだった。
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