エドワルドさんが傷を負って、数日経つ。まだ…目を覚まさない。
「私の所為で…」
そう泣くばかりだった私をパパは叱咤した。
「そう…思うのなら、お前のする事は泣く事だけか?違うだろう?」
一見すれば、つけ離したようなとても冷たい様なその物言いだが、私にはとても良く分かった。
近衛に入隊するという事は、こういう事も起こるという事だ。
だから、日々鍛錬をし己を鍛え、高みを目指さなければならない。
そして仲間を。互いに護る事も。私はエドワルドさんに護られた。
私は彼を護る事が出来なかった。
共に人生を歩もうと、生涯をかけようと決めた相手を。
それは私が単に弱かったから。パパの言う事はきっとそういう事。
そしてそれはもっともな事。
私は…強くならなきゃいけないんだ。
彼が目を覚ますのを待って、単に泣くだけではだめ。
おそらく目を覚ましても視力は元の様には戻らないと言われた。
だから、彼のなくした目の代わりに私がなれるように、強く…ならなくては…。
サボっていた訳ではないけれど、上を、高みを望む程の鍛錬はしていなかった。
探索へ出る時も一人で行く事もほぼなかった。
今、一人で探索へ出ると、自分のこれまでの甘えが良く分かった。
少しの事で小さな傷を負い、立ち回りも上手くない。
これでは、とても彼のサポート何か出来るはずがなかった。
「頑張ら…なきゃ。彼より強くなることはなくても…護られてばかりじゃなくて、護れる様に。サポートできるように…。共に…歩む為に。」
それからの毎日エドワルドさんがいつ目を覚ますか、気がかりで仕方がなかったけれど、
朝、様子を見て傷を負っていない頬を1度撫でると、家を出て1日中ダンジョンへ籠った。
日を追うごとに小さな傷は増え、家へ帰るとこれまで苦手だった家事も頑張ってやるようにした。
そんな簡単に強くなったりは出来ないし、家事だって上手にはならないけれど、
”今”私が出来る事は、そんな事しかなかった。
それから暫く経つと、指はばんそうこうだらけで、体も彼方此方軋むように痛かった。
自分の手を眺めながら笑みが漏れる。
「随分ボロボロに…なっちゃったな。けど、かっこ悪く…ないよ…ね?エドワルド、さん…。」
そう言いながら横たわる彼の顔を覗き込むと、かすかに唇が動いたように見えた。
「…ぅ。」
「え…?エド…ワルド…さん…?」
「…み……ず。」
立ち上がる勢いで椅子が派手な音をたててひっくり返ったけれど、気にせずキッチンへ向かいコップに水を汲んで戻る。
「お水よ…?ちょっとずつ…飲んで。」
口元へタオルを充てて、少しずつ水を流し込む。
「ら…くしゅみ…??俺、うっっ!!」
身体と顔を動かそうとして顔に走る激痛に手をあて呻く。
「何…だ…???いってぇ…って…あれ…俺…どうして…?」
記憶が倒錯しているのか、狼狽する様子が見て取れた。
落ち着かせるように、肩を撫でながら彼に起こった事、怪我を負った事、ずっと昏睡状態だった事を話す。
そして視力の事についても…。
カタカタと小さく体を震わせながらも、
「そうか…けど、ラクシュミに怪我がなくて、良かった。うん…。」
と彼は笑って言った。
まだ起き上がれないその震える身体をそっと抱きしめて、
「ごめんね…。それから、有難う…。私、甘えてた。だから、今度は私がエドワルドさんの目になる。パパにも怒られちゃった。泣いてるばっかりでダメだろうって。へへっ…。だからね、エドワルドさんが眠っている間、ずっと一人で訓練したんだよ。それでね…全然勝てないの。弱いなーって改めて思っちゃた…。まだまだ全然非力だしダメダメだけど、頑張る。今度は私が護るから。強くなったの…見てね。だから…早く良くなって。目が…覚めてくれて…嬉し…っ…」
言ってる事、無茶苦茶だなって思ったけれど、涙が零れてそう言うのが精一杯だった。
彼は久しぶりに動かす腕はきっと重たいに違いないのに、私の頭ポスっと手を乗せると無言で頭を撫でた。
その手の温かさが嬉しくて、耳を伝って聞こえる鼓動の音が優しくて、心から安堵した。
「さぁ、皆…呼んでこないと。少し待っててね。」
そう言うとずっと彼の胸に身を預けていたい気持ちを押し殺し離れると、戸口へ向かい外へ出た。
一つ大きく深呼吸をし、空を見上げるとそこには綺麗に瞬く星空が広がっていた。
「強く…なる。」
そう呟いて、蝶を飛ばし私と同じく彼の覚醒を待っている人たちの元へと走り出した。
fin
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