「…っん。」
窓から差し込む柔らかな日差しに、薄っすらと目が覚める。
寝起きのぼんやりした頭が少し覚めてくると、
自分がベッドに寝かされている事に気が付く。服もちゃんと寝間着に着替えさせられていた。
確か昨晩は出かけたヘイトさんを待っていようとダイニングの机に座っていたはず…。
「私、寝てしまったのね…。」
そう呟くと着替えまでされたのに気が付かなかった事に急に羞恥を覚える。
「しっかりしなきゃ…。」
頬が熱を持つのを感じ手に頬を充てていると、
「…起きたか?」
とヘイトさんが戸口から温かいお茶を持って入ってきた。
「ごめんなさい。私昨日寝てしまったみたいで…。」
「…気にするな。先に寝て良いと言った。」
「そう…ですわね。けど、待っていたくて。」
とお茶を受け取りながら肩をすくめると、
「無理をするな。体に…障る。」
とまた難しい顔をして言う。
けれどそれは決して怒っているのではなく、逆にいたわりの優しい気持ちで言っている事だ。
彼はずっと理解してもらえず、周りから誤解を受けてきた。
心根は真っ直ぐで優しい人。
そのままスリ…と彼の胸へと頭よ寄せると、
「こんなに幸せていいのかしら…?」と呟く。
と、そのまま顔を見上げると口をこれ以上ない位へ文字に曲げて余所を向いているが、耳が赤い。
照れているのね…と心の中で思い、彼の可愛らしい部分に笑みが漏れた。
「ニオ、あー…具合が良ければ、昨日言っていた内覧に行こうかと思うが…、今日はやめておくか?」
顔を背けたままそう言うと、ちょっと困ったような顔をする。
「まぁ?お仕事は宜しいんですの?」
「ああ…。事情が事情だから、隊長に話をして少しセーブして貰う事を許してもらったから、大丈夫だ。」
そういうと、やっとこちらを向いて少し笑う。
「近衛の方々には、迷惑をかけてしまいますわね…。落ち着いたら何かお礼のご挨拶をしませんとね。」
「気にするな。私から礼は言っておく。で…?どうする。」
「えぇ、勿論伺います。少しお待ちになって?準備しますから。」
そう言うとベッドから立ち上がり着替えをする。
テーブルへ行くと既に軽く食べられるものが用意され、”有難う”とヘイトさんに言うと、軽く済ませ家を出た。
旧市街地の邸宅へ向かう途中、いつもは歩くさながらあまり話さないヘイトさんが、珍しく話しかけてきた。
「邸宅だが…実は…もう購入した。」
「え…?」
「いや…先の事を考えると、少しでも早い方が良いかと…。」
そういうと、少し頬が赤くする。
「…まずかったか?」
と言いながらチラリと私を見る彼に、実は”家族”として一緒に生活する事を彼は楽しみにしているのではないかと、そんな風に思った。
と思うと自然に笑みが漏れ、くすくすと声が漏れる。
「どうか…したか?」
「いえ。ふふふ…。ありがとう。ヘイトさん。」
「そうか。」
と邸宅の前へたどり着く。その門の所には真新しい表札が掲げられていた。
その表札をみるとヘイトさんは少し顔を曇らせ、興味なさげにさっさと中へ入っていく。
家名に余り良い印象を持っていないヘイトさんにとっては興味の無い事だったが、私はその真新しい表札がとても嬉しかった。
邸宅の中へ入ると思ったよりも広く、その庭には専用の花壇が備え付けられていた。
「素敵…ここにヘイトさんの好きな花と…子供が生まれたら桜の木を…植えてもいいかしら?」
「…好きにしていい。」
「きっと…とても綺麗ですわ。満開の桜の下で、子供達と一緒にお花見したら、きっと楽しい…。ね?そう思いませんか?」
「…ああ。そうだな。」
と近い将来を思い浮かべて、自然と顔がほころんでいた。
その後中に入り部屋のあちこちを見て回る。
「ニオ…。どうだ?」
「えぇ…とても素敵…。」
「そうか、引っ越しは私がやる。こっちの家のがベッド広く使えるから、ニオが良ければ今日からココで寝るといい。」
「ヘイトさんは…?」
「私は向こうの家を片付けねば…どうした…?」
「一人で…いるのは…嫌。」
とそっと彼にしがみ付く。
「そうか…すまない。では…私もここに…。」
そう言うと優しく肩を抱きしめてくれた。
頭に小さく口付を落とすと、
「ニオ、少しいいか…?」
というとゆっくり手を引き、チェストの前へと連れて行くと、徐にその扉を開けた。
「まぁ…!」
そこにはびっしりと真新しい服が吊るされてた。
「今ある服…大分きつくなってきただろうと思ってな…。」
「こんなに沢山…。」
「好み、分からないから…仕立て屋に、見繕ってもらった。」
困ったような顔をして言う彼に、
「ふふ…おかげで暫くは服に悩まなくて済みそうです。ありがとう、ヘイトさん。」
とお礼を言うと、彼はホッとしたようにすこし微笑んでいた。
その日を境に、寝泊りは新居で過ごすようになった。
日中は兄のトキやそのパートナーのフィンさんにも手伝ってもらい、元の家から荷物を運ぶと、
それまで生活感のなかった家が、息をし始めたようだった。
引っ越しが終わると息をつく暇もなく、今度は式の準備が待っていた。
参列をして貰いたい人達への招待状や、遠くに過ごす家族への連絡や来て貰う為の手配など、
あっという間に時間が過ぎ、夏も終わりに差し掛かっていた。
後数週間で式本番を迎えるという頃、突然ヘイトさんに誘われて、仕立て屋へと訪れる事になった。
「どうしたの?まだ服は…この前買っていただいたばかりだし…。」
「いや…そうじゃない。ニオ、式に着る服、ないだろう?」
「こんなお腹ですもの、この前ヘイトさんに買っていただいた服から、よさそうなものを選びますわ。」
「…折角の式だ。ちゃんとした物でなければ…お前の両親に面目が立たん。」
「まぁ。そんな事考えて下さっていたの?」
「当たり前だろう…。お前の親は…いい人達だ。悲しませたくない。」
「けれど…このお腹では…入るドレス何て、ないと思いますわよ?」
と、臨月を迎えいよいよ大きくなったそのお腹では到底着れる様子ではない。
「仕立て屋が…。連れて来いと言っていた。」
というと痺れを切らしたように、私を抱きかかえると仕立て屋へと転石を使い連れて行った。
「ヒッ…!?い、い、いらっしゃいませぇ~…。」
「連れてきた。頼む…。」
というと、その場へと私を降ろし、仕立て屋の御嬢さんの元へ行く様に促す。
「あの…私…。」
「ひゃぁ~。ホントに奥さんおったんやねぇ?さぁ、奥入って下さいな。」
仕立て屋のお嬢さんに促されるまま店の奥へと連れて行かれる。
「へ、ヘイトさん!?」
後ろを振り返り彼を見ると、表情の読めぬ何時もの顔をして、立っていた。
店へはいると、もう一人の仕立て屋さんが待っていた。
「旦那さん、これ位。っていつも手でサイズ言う。けど、ドレスはそれじゃ作れない。お腹、大きかったら尚更。ちゃんと計らせて。」
そう言うと2人掛かりで採寸を始める。と、その間この店に来るヘイトさんの話になった。
「あの旦那さん、顔は怖いけどホントに奥さん好きなんやねぇ?」
「旦那さんの”これ位”っていうサイズ、ピッタリ合ってる。凄い。」
と、口ぐちに私が知らないこの店での彼の様子を聞き、また家での彼の様子を聞かれ答えたりと、とても楽しい時間を持つことが出来た。
採寸を終え、店の外へ出てくると、
入った時と同じ場所でヘイトさんは同じ顔をして立っていた。
「終わったか…?」
「ハイ。とても…楽しい時間をもらいました。」
そういってクスリと笑うと、途端に怪訝そうな顔をする。
と共に、奥から出てきた仕立て屋さんの2人の顔が引きつる。
「ヘイトさん。そんな顔なさらないで?とても親切にして頂いたの。だから…ね?」
「…。」
口を一文字に引き結び、何か言いたげな様子だったが、
「では、頼む。」
と小さく呟くと、背中を向け歩きだした。
「おおきにぃ~。またどうぞぉ~。」
お礼の言葉を聞き私は一礼すると、ヘイトさんの背中を追った。
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