「いってきまぁ~す!!」
「レイラ危ないわよっ!」

甲板から身を乗り出して手を振っていると、従姉妹に背中をガッシリとつかまれた。

「もぉ~…。だぁ~いじょうぶだよぅ~~~。ボクは。」

ぷぅっと膨れて背中をつかんでいる従姉妹の顔を見る。
従姉妹のユウナは綺麗な顔をゆがませ、眉間にしわを寄せてとても不服げだ。

「ユウナ、そんな怖い顔似合わないよぉ~?折角旅が始まったばかり何だから、楽しまなきゃぁ♪」

ボクと従姉妹のユウナ・リードは留学の為に船に乗る事になった。
少しずつ船は離岸し、波止場に残された家族が皆千切れんばかりに大きく手を振っている。
パパは水辺が嫌いなのに、我慢してきてくれた。足はガクガクしてるのが見えるけど。
ママはちょっと寂しそうな顔してるけど、それでも笑って手を振ってくれてる。
他兄弟も皆それぞれに一時の別れを惜しんで手を振ってる。

「頑張ってこいよ!!!」

パパが一際多いな声で叫ぶのが聞こえた。

「はぁ~い!皆すぐ帰ってくるからねぇ~。」

そう言ってボクはまた、さっきよりはちょっと控えめに甲板のヘリから手を振った。

ー数週間前の事ー

「ユウナちゃん、短期の留学をするんですって。」

夕飯の準備をしながらママが唐突にボクにそういった。

「えぇ~~~!?留学ってどゆこと???」
「さぁ。詳しい事は分からないけど、モモカさんが今日そう言ってたから。今度来る船に乗るんだって。」
「いいなぁ~。留学ってあれでしょ?他の国へ行けるって事でしょ?ボクも行くって言ったら一緒に連れてってくれるかなぁ?」
「えっ…?」

ママが何か言いかけてたけど、それを聞く前にユナちゃんを探しにボクは出かけた。
ユナちゃんは入国管理の塔の先、船が来た時にしか人がいない波止場の桟橋に腰かけてジッと海辺を見つめていた。
もうお日様はほとんど沈んでいて、残光だけが海面を朱く照らしていた。
その照り返しの光に浮かぶユナちゃんの顔は、とっても悲しげで苦しそうだった。

「…ユナちゃん?」

僕が小さく声をかけると。ユナちゃんはハッとして僕へ振り返った。

「あぁ。貴女なの…。脅かさないでよ…。」

そう言って少し微笑んで見せたけど、その顔はやっぱり辛そうでそのまま海に溶けてしまうんじゃないかと心配になった。
ユナちゃんは、自分の弱みを人に見せたり、人前で泣き顔を見せたりあんまりしない。心の中に仕舞い込んじゃうんだ。
ボクはいつだってここにいるんだから、話くらい聞けるんだよ?っていっつも思う。
こんな所にいる時は、きっと心が辛くなった時だって知ってる。

「どしたの?こんな所で一人でいるなんてさ~。」
「うん…。ちょっと考え事をしたくて…。」
「あ~…ボク…邪魔しちゃった??」
「いえ…いいのよ。考えたって…仕方ないもの…。」

微笑むそれが今にも消えてしまいそうで、ボクはキュッとユナちゃんの袖をつかんだ。

「それより、レイラはどうしたの?こんな所まで。何か用があったんじゃなくて?」
「あ~~~~うん…。」

それを聞くのは、ユナちゃんがここに逃げ込んでるのの気に障るかなと思って、少しためらう。

「ん~…。ユナちゃんさ、留学…するの?」

案の定、更に顔が曇った。

「ご…ごめん。聞いちゃいけなかった??」
「あぁ…いえ!いいのよ。別に。そうね、えぇ留学…するわ。」
「…帰ってくるよね?」
「…多分ね。」

そういって力なくまた苦しそうに笑った。
ボクは何だかこのままユナちゃんを一人で行かせちゃいけない気がして、もし一人で行ってしまったら、
もう2度と戻ってこないようなそんな気がした。
だから…。

「ん~…。よしっ!決めたっ!」

急に立ち上がったボクをみてユナちゃんがビックリした顔をしてる。

「ど…どうしたの?急に立ち上がって。びっくりするじゃないの。…決めたって?何を?」
「うん!ボクもユナちゃんと一緒に留学するよっ!」
「えっ!?ちょっ…と、待って!」

ユナちゃんの小言がまた始まりそうな空気を察して、ボクはその場から走り出した。

「ユナちゃんと一緒に行くからねー!」

そう叫んで手を大きく振ると、唖然としているユナちゃんをそのままに全力で走り去った。
ボクは急いで家へ帰ると、パパとママにユナちゃんと一緒に行きたいとお願いをした。

「はぁっ!?留学だって!?レイラ、お前意味分かって言ってるのか!?大体だな…(ブツブツ…)」

パパは猛然と反対した。だよね~。
これは想定内。
問題はママの方。

「ママ…。ダメかな…?」
「レイラは、どうして留学したいの?」
「ん~…。ホントはね、おベンキョがしたい訳じゃないの。」

この一言にパパが脱兎のごとく近寄る。

「勉強するんじゃないなら、留学なんてしなくていいだろう!パパは…不安だよ…。」
「でも!ちゃんと理由はあるんだよ?」
「理由があってもなくても、パパは許さん!」

それ以上に食って掛かって来そうなのを、ママが止めてくれた。

「とりあえず…。話だけでも聞いてあげましょ?ねっ?」
「~~~~~っ!!」

腕組みをしたままそっぽを向いてしまったけれど、話はきいてもらえるみたい。

「で?勉強する訳じゃないなら、どうして?」
「あのね…。上手く言えないんだけど…。ユナちゃんを一人で行かせちゃいけない気がするの。」
「どうして?」
「ん~…。何か…そのまま帰ってこない気がするから。ボクと一緒ならきっとユナちゃん、帰ってきてくれると思うんだ。」
「…そう。」

ママは暫く考え込んでから、急にボクを優しく抱きしめるとこういった。

「行ってらっしゃい。でも、ちゃんとお勉強も少しはするのよ…?」
「ユン!?何で!?」
「ヤマト君…。知ってる?レイラからお願いされた事って、実は少ないのよ?
だから…理由はどうあれ、こんなに真剣な顔でお願いしてるんだもの、聞いてあげなきゃ…。ね…?」
「しかしだなっ!?レイラだぞ!?余所へ行ってちゃんとやってこれると思うのか!?」
「レイラを…信じてあげよう?」
「俺は…反対だからなぁ~~~~~~!!!」

そう言って家をパパは家を飛び出して行ってしまった。

「…パパ。」
「ふふ。大丈夫。パパの事はママに任せて?レイラの顔を見られなくなるのが寂しいだけよ。」
「ボクだって…寂しい。けど、行かなきゃ。」

優しくボクの頭を撫でてくれるママの手が温かい。
この手を少しの間手放すのかと思うと、寂しくて留学する事にちょっと躊躇う。

「レイラ。外の世界を見て色んな事を経験して、楽しんでいらっしゃい。そして、ちゃんと帰ってくるのよ?」
「…ありがとう。ママ…。」

それからの日々はあっという間だった。
パパにちゃんと話したかったのに、ボクが近寄ろうとすると何だかんだ理由をつけて、話を聞いてくれない。
そのまま旅立つこの日まで来てしまった。

「じゃぁ…ママ。行ってくるね!」
「忘れ物はない?ちゃんと持った?」
「うん。皆に挨拶してから行くから、先に出るね?」
「えぇ。波止場でね。」

そう言って家を出た。家の中を見回してみてもパパの姿はどこにもなかった。
それから親戚の家を1軒1軒挨拶をして回ってから、波止場へと向かった。
入国管理の塔を抜けると、直ぐ目の前に波止場が広がる。
始めてみる大きな船に心がドキドキする。

「レイラ。」

ボクがボーっと船を見上げている背後から、急に名を呼ばれた。

「あ、パパ。」
「行っちまうんだな…。」
「うん…。ごめんね。でもちゃんとボク頑張るし、直ぐ帰ってくるから!」

そう言うと急に涙がこぼれる。
パパはワシワシとボクの頭をなでると、

「嫌な事があったり、辛くなったら…すぐに帰ってくるんだぞ?」

そういって少し寂しそうに笑ってくれた。
ボクはパパに飛びついて”ごめんね”と”ありがとう”を繰り返し言った。
パパは背中をポンポンと叩いて、小さく”気を付けて行って来い”と言ってくれた。
パパの匂いを身体に刻み付けるように、思いっきり吸い込んでから、

「行ってきます!」

そういって船へ駆け込んだ。
ユナちゃんの家へ迎えに行ったら、もう出た後だと言われたから、既に乗船しているだろうと思って、
人の行きかう甲板を探すけど見当たらない。

”どこかで追い抜いてきちゃったかな??”

そう思って甲板から下を見下ろすと、手を振る家族から少し離れた所にユナちゃんの姿が見えた。
ユナちゃんは、男の人とお話をしているようで、いつもは毅然としてボクには大きく見えるその姿が、
今日はとても華奢で壊れてしまいそうに見えた。
ボクは誰とお話してるのか気になったけれども、何だかそれには触れちゃいけない気がして、
それ以上二人を見るのを辞めた。

程なくして船に乗船してきたユナちゃんは、いつもと変わらないように見えたけど、
やっぱり少し元気がない。
だからボクは何事もなかったかのように声をかけることにした。

「ユナちゃん、おそいよぅ~。」
「あぁレイラ。ごめんなさい。ギリギリになってしまったわね。」
「もぉ~。来ないのかと思っちゃったよ!ボク1人で行くなんて、嫌だからねっ!」

そう言って膨れるボクに、ユナちゃんは、

「ワタクシこそ、本当にあなたと一緒に行く事になるなんて、思っても見なくてよ。」

そう言って少し笑った。

船が離岸し順調に帆を進める中、船室へ荷物を置くとボクは早速船の中を探検することにした。

「レイラ!あんまり船の中ウロウロしたらダメでしょ!」
「えぇ~。何で?ちょっと位いいじゃない。ママが”色んな事見て学べ”っていってたもぉ~ん♪」
「ちょ…っ、待ちなさい!」
「やぁ~だよぉぅ~♪」

そんなやり取りをする頃には、ユナちゃんはいつものユナちゃんに戻っていた。

ユナちゃんに付き添われながら船内を回り、丁度甲板に上がろうとした時、
強烈な光と轟音に見舞われ、その直後船体の激しい揺れにより、船内に押し戻される形で2人とも階下へと飛ばされた。

「ったぁ~~~…。何が起こったの??」
階下の壁に打ち付けられたのか、背中が軋むように痛い。
「ユナちゃん??」
一緒にいたはずのユナちゃんの姿がない。
周りを見渡すと、ボクより少し離れた所でユナちゃんが倒れていた。
「ユナちゃんっ!!」
慌てて駆け寄ろうとした時、2度目の衝撃に襲われた。
薄れゆく意識の中で必死にユナちゃんへ手を伸ばしたけど、届くその前にボクの意識は途絶えてしまった。

「…ラ。…ィラ。レ…ラ。レイラ!」

名を何度も呼ばれた気がして目を覚ますと、ユナちゃんの顔が真ん前にあった。

「あ…。ユナちゃん。おはよ…?どしたの?」

そう言って体を起こそうとすると、背中がとても痛む。

「って…!あれ、そっかボク、ユナちゃんを助けようと思って…。」
「あぁ…良かった!!このまま貴女が目を覚まさないんじゃないかって、ホント心配したんだから!」

そう言ってユナちゃんがボクの頭を抱きかかえる。

「ごめんね。あ!ユナちゃんこそ!何ともないの!?」
「えぇ。大丈夫よ。少し足が痛いけれど、大した怪我はしてないわ。」
「そっか。良かったね~。あ!でも船は!?あの光はなんだったの!?」

飛び上がろうとするボクを宥めながら、ボクが目を覚ますまでに起こったことを、ユナちゃんは説明してくれた。
あの光が何だったのかは分からない事。
とにかく船のマストが折れて修理が必要な事。
近くに島があったのでそこへ寄せてもらったこと。
乗船している人はその島で避難民として一時受け入れをしてもらう事になった事。

「そっかぁ。それじゃぁ留学は…。どうなるのかな??」
「分からないわ。何にしても、暫くはこの島で過ごすことになるだろうって船長さんが仰ってた。
何でも正確には何処にいるのかも分からないっていう事だから…。」
「えぇ~!?そんな辺鄙な所にきちゃったの!?ボク達。」
「もう…。何でそんなに目をキラキラしてるのよ。ちゃんと分かってる?この状況。場所が分からなくちゃ家にも帰れないのよ?」
「…えぇ~~~!?それは困っちゃうなぁ。」
「全くもう…。ともかく、降りるわよ?立てる?」
「うん、多分。ユナちゃんはもう外見てきたの?」
「いいえ。まだよ。貴女を置いて何ていけないでしょ?船長さんに言って、貴女が目を覚ますまでここに残らせてもらったの。」
「そっか。ごめんね~。」
「もう、いいわ。さぁ、行きましょう。」

ユナちゃんの肩を借りて甲板へと上がると、そこには船の中心にあったはずのメインマストが根元から折れ無残な姿になっていた。
折れた柱は甲板の床を貫いていた。

「こわ~い。これ船底までいってたら、船沈んじゃってたね。」
「貴女怖い事言わないでよ。けど、ホントね。何があったのか分からないけれど、船が持ちこたえてくれて良かったわ。」

2人で会話をしている所に声をかけられた。

「すみません、よろしいですかな?」

2人で振り返ると、そこには見慣れた服を着た初老の男性が立っていた。

「え…?」

最初に驚きの声を上げたのはユナちゃんだった。

「こちらの船に乗られている方でお間違いはありませんな?」
「は…はい。そうです…けど…。」
「そうですか。船長殿からお聞きになっておられると思いますが、一時我が国で受け入れをする事になりましたので、
すみませんが手続きをさせていただきたいのです。」
「ね、ね。おじさん、ここってさぁ?プルトだよねぇ??」
「こ、こらっ!レイラ!おじさんって!失礼よっ!」
「えぇ~?細かい事いいじゃん。で、プルトでしょ?ここ。だっておじさんの服、シャイアルさんの着てる服と一緒だもん。」
「ほっほっほ。いかにも。ここはプルト共和国という所ですな。しかし、御嬢さん方は我が国を御存じで?」
「知ってるよー?だってボク達プルト共和国から来たんだもん。あれ???じゃぁ、じゃぁなんでシャイアルさんが違う…の??」
「ほぅ…。それは、おかしな事ですな。シャイアルはずっと私が務めさせておりますので、この国の者はすべて記憶しておりますが…。」
「いえ。確かにワタクシ達はプルト共和国を…それもついさっき出国したばかり何です。
でも、貴方はワタクシの知っているシャイアルさんではない…。これは一体どういうことなの?」
「…成程。この世の中、理では説明しがたい事も御座いましょう。私にも詳細は分かりかねますが、
出来る限り調べてみましょう。解決出来るかはお約束できませんけれどもね。」
「…はい。宜しくお願い致します。」
「何にせよ、こちらで立ちすくしている訳にも参りますまい。ご存じとは思いますが手続きを踏まねば入る事の出来る国故、
面倒でしょうが手続きをお願いしたい。」
「はいは~い。ちゃちゃっと書いちゃうよー。ユナちゃんもほら、早く~。」
「え、えぇ…。」

動揺を隠せないで青ざめているユナちゃんを急かして、手続きを整えさせる。
ユナちゃんは真面目も真面目、頭が固い所があるから、想定できない事が起こるとちょっと対応できない事がある。
今もブツブツと呪文みたいに何かつぶやいてるけど、ボクは気にしない。いつもの事だから。
それよりもこれからどうなるんだろう?
シャイアルさんが違う同じ国。
パパやママは?
ついさっき背中をポンポンしてくれた時のパパの匂いや、ママの手の温もりを思い出して、無性に寂しくなった。
けど…。
ボクが不安になるとユナちゃんもきっと不安になっちゃうよね。きっと。

”世界を見て色んな事を経験して、楽しんでいらっしゃい…。”

ママがそういって背中を押して送り出してくれた時の言葉が、頭の中で響いた。
きっと帰れる。皆の所へ。ユナちゃんも一緒に。
だから、それまではこの未知の世界を楽しもう。ボクはそう思って、固まっているユナちゃんの手を引いて、
さっき出るために通った同じ様で違うその塔の門を入った。
サーっと吹き抜ける風が頑張ろうと決めたボクの背中を押してくれた気がした。