”カーン”
静まり返った街に響く鐘の音。
あぁ・・・。また一年が始まってしまった。
今年は良い事があると良いな…。
元々あんまり運というものに恵まれていないと自覚している。
何でもない時に公衆の面前ですっころんだり、仕事は一生懸命やっていても手が遅いためか、
思うように成果が出ない。武術は頑張って鍛えてはいても、周りの人達から聞こえてくる嘲笑は辛辣だ。
”あの子、あの議長とウルグ長の息子さんなのにねぇ?”
”こう言っちゃなんだけど…向いてないのかしらねぇ?”
武術で60連勝以上を勝ち抜き、歴代にない連勝保持者で議長まで勤め上げている母親。
母と切磋琢磨し、この所軒並み腕をあげ、更に仕事でも力量が認められてガアチウルグ長を任されている父親。
そんな二人の間に生まれてこの体たらくだ。
周りの視線が痛いのは仕方がない。
僕だってこんな一家に生まれてきたのは自分の意思じゃないんだ。
兄貴たちはちょっと変わっている…と僕は思う。
長男ランディはDリーグ入りは果たしているものの、訓練をガッツリするわけでもなく、仕事もそこそこしかしていない。
長子に生まれたんだから、僕よりもっと世間の風評を気にしてもよさそうなんだけれど、
全く気にする様子がない。
でも、彼はモテる。
ゴシップランキングの魅力王の3位に常に入っている。
エナの子に選ばれたことは一度もないけれど、それでも毎年ランクインしている事は不思議だ。
次男クラヴィスはもっと変わっている。彼は一人だけショルグも違ってコークを選んだ。
仕事はそこそこするものの、訓練をしている姿は一度たりとも見たことはない。
何をしているかというと、毎日熟女の後を追っかけて回っている。
だから、彼の周りは熟女ばかりだ。
僕がおかしいのか??
そう思う。
自宅にはなるべく居たくない。
家には自分のいるべき場所がないと、そう感じてしまって、いたたまれなくなる。
だから今朝も家を日が昇る前に出た。
一人になりたかった。
新年だから、こんな朝早くに人がいる訳もないのに、それでも誰かと顔を合わすことが嫌で、
タラの港にある塔を抜けた先の甲板で、海を見ていた。
まだ霧が濃く、周りは良く見えない。音も自然が奏でる音と潮騒のみが響いて、余計な音が何もない事にとても落ち着く。
”今年は良い年になるだろうか・・・。いや。良い年に出来るかは自分が決めることだから。頑張らないとな。”
そんなことを考えていると、遠くの方からそこにはない音が響いてきた。
”ボーーーーーッ・・・・・・・・。”
あぁ、そうか。今日は移住者がやってくる日だったな。
霧の中を進んでくる船の影を見ながら、どんな人がこの国へやって来るのかとちょっと興味を持った。
着岸を果たした船へとタラップが渡される。
僕はその様子をじっと見ていた。
商店へ卸される物資だろうか?いくつもの大きな包み。
プルトではない国の言葉を交わす人達。
荷を運ぶ屈強な男たち。
この国を出ていったら、僕にも居場所が見つかるだろうか・・・。
船をじっと見つめていると、不意に声をかけられた。
「あの!この国の方ですよね?初めまして。ヴュステ・バイドラーと言います。管理局はこの先ですか?」
ビックリして振り返ると、そこにはちょっと小柄でふわふわした綺麗な金色の髪をした女の子が立っていた。
「あ、えっと。うん、この先のあの塔が管理局だよ。」
「そうなんだ。えっと、ちょっと緊張しちゃって・・・。あの管理局まで一緒について行ってくれる?あ、そうだ!これ私の国のお土産なの、良かったら貰って♪」
そういうと、見た事がないキノコを2つとうっとりするほど綺麗な花束をくれた。
「あ、僕で良ければ…。あ、僕はスタリオン。スタリオン・ワタナベです。お土産・・・これ大切なものじゃないの?」
「あぁ!良いの良いの♪この国に来たら、一番最初にあった人にあげようと思って持ってきたものだから。気にしないで貰って♪」
キラキラした真っ直ぐな目で僕を見てにっこりほほ笑んだ。
綺麗な子だなぁ・・・。
管理局までの短い距離を並んで歩く。ふわふわと潮風に揺れる髪からは、何だかとても良い香りがする。
僕は今までにないほど、心がドキドキしていた。
こんな子が・・・僕の彼女になってくれたらな・・・。そんな事あるわけないか・・・。
彼女を管理塔まで連れて行き、入国管理官へと引き渡してその場を去ろうとする僕に、彼女はこえをかけてきた。
「あ、有難う。また、会えるよね?」
「えっ?あ、うん。小さな国だから・・・。きっとすれ違う事もあると思うよ。」
「良かった~。じゃぁ、また話そうね!」
そういって手続きに戻ろうとする彼女に、今度は僕が声をかけた。それは・・・僕自身にも思いがけない行動だった。
「あのさっ!もし・・・何かこの国で困った事があったら、いつでも・・・声かけて。僕、大抵漁場にいるから・・・さ。」
「わかったぁ!有難う!またねっ!」
大きく腕を振り綺麗な顔を大輪の花が咲いたように華やかに笑うと踵を返してかけていった。
僕はその後ろ姿を見送ると、空を見上げた。
さっきまでの霧は消え去り、空は雲一つなく真っ青で、太陽の光がまぶしかった。
”今年は…良い年になるかもな…。”
これが彼女との出会いだった。
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